世界で月間3億人が利用するというQ&Aサイト「Quora(クォーラ)」は、「世界中の知識を共有し、広め深めること」をミッションとして掲げています。ネット上の知識共有サイトという意味ではWikipediaとよく似ていますが、Quoraは質問者と回答者が原則実名となっているうえに、様々な方法で回答の質を担保しようとしています。このため「世界最大級の知識共有プラットフォーム」と評価する人もいて、「人でなく『良質な問い』でつながる」新しいタイプのSNSとも。今回はQuoraにはまってしまった一人の大学教員のお話です。(物質構造科学研究所・瀬戸秀紀)
あれは確か、昨年の春先のことだったと思います。
普段、Gmailに来たメールは中身も見ずにゴミ箱に移してしまうのですが、たまたま「Quoraダイジェスト」という差出人のメールが目に留まりました。それがどのような内容だったのか覚えていないのですが、とにかく私の知りたいツボにはまったタイトルだったのです。早速リンクをクリックしてQuoraのサイトに入ってみると、これが面白い。並んでいるトピックを次々と読んで、気付いてみると小一時間過ぎてしまっていることがあったりして、すっかりはまってしまいました。
Quoraに掲載されている質問は素朴な疑問から社会問題まで様々ですが、その回答の多くが詳細かつ的確。それもそのはず、「なるほど」と思える回答の多くが、その筋の専門家が答えています。例えば、ラーメンに関する質問に対しては実際にラーメン屋の店主が、筋トレに関する質問には医学部の大学院で勉強していた人が、腕時計に関する質問では時計マニアが回答していたりして、読んで目からウロコが何枚も落ちました。アメリカ大統領選挙の最中には、州ごとの共和党と民主党の勢力図を示したThe winding path to victoryをQuoraで見つけ、開票結果がアップデートされるたびに見入っていました。
最初はいろいろなジャンルの質問と回答を見て楽しんでいたのですが、Quoraとの関係が一変したのが昨年の8月。「大学教員(教授)になる魅力は何ですか」と言う質問を目にして、回答してみようと思ったのです。私は大学教員になって約30年、また教授になって10年余り。別に大学教員や教授を代表できる立場というわけではありませんが、個人的な経験から得たことは書けます。そこで私は大学教員になる魅力を「研究テーマを自分で選ぶことができる」を中心に思うところを書きました。
「回答者」と言う立場に踏み出すとそれ自体が面白くなり、ちょっとしたことでも回答するようになったのです。すると、Quoraから「あなたの回答が高評価されました」というメールが届くようになりました。最初の投稿回答への高評価はそれほど多くなかったのですが、9月初めに書いた回答は1500回以上閲覧され、高評価も500件近く。高く評価されるのは気持ちが良いもので、まるでいい論文を書いてたくさん引用された時と同じような快感でした。
調子に乗ってさまざまな質問に回答しているうち、Quoraの事務局から「○○さんの質問に回答しますか」「あなたに回答リクエストがありました」などのメールが来るようになりました。その中に量子力学に関する質問があり、気軽に回答したところ、その回答に対して質問が、更にその回答に対しても質問と延々と質問が続き、ついには面倒になって「ご自身で量子力学を勉強してください」と書いてしまいました。
後から考えると、勉強しても分からないから質問を投げ掛けて来たのでしょうし、その回答に対しても次々と疑問が湧くのは当然です。それに対して、とことん付き合う気もないのにちょっとした回答でお茶を濁して突き放してしまうのは、大学教員として正しい態度ではなかったなあと、今では反省しています。
Quoraが目指しているという「あらゆる知識の集積」は、サイエンスが目指すものと同じです。科学研究でも論文を書けば終わりではなくてその先に新たな疑問が生じるのと同じように、Quoraに集まっている「雑学」にも果てはないのだと思います。QuoraのようなSNSとの付き合いは時間の無駄遣いに感じることもありますが、そうではなく、アウトリーチ活動の一環と考えた方がいいのかもしれません。科学者の端くれとして、Quoraを利用することで人類の知のためにささやかな貢献をしているのだとしたら、決して時間の無駄ではありませんよね。