高速・省エネデバイスに期待、「第三の磁性体」に加速器で迫る

交替磁性体か否か、その真偽を検証する

日常生活のいたるところで使われている磁石。どこにでも、何にでもくっつくわけではありませんが、鉄にはピタっ!と勢いよくくっつくことはご承知の通り。しかし、鉄は磁石になるのに、なぜ銅は磁石にならないのか。長年の研究でそんな違いがわかりつつある中で、近年、磁石の中にも変わり種がいることがわかってきました。

硫黄鉄(FeS)の中性子実験で使われたHRC 高分解能チョッパー分光器

その名を交替磁性体(英:Altermagnet)といいます。Alterとはalternateのことで、「交替する」「交互に(作用する)」という意味。2022年にドイツの研究チームが名付けました。

2024年には米国科学誌『サイエンス』のBreakthrough of the Yearの一つにも選ばれた、流行りの研究テーマです。

今回は、このホットな研究の実証に深く関わるKEK物質構造科学研究所(物構研)の研究者たちの取り組みを紹介します。

磁石にくっつかない。なのに、超高速・高密度・低消費電力

物質にはそれぞれ、大なり小なり磁気という性質(磁性)があります。この磁性を示す物質を「磁性体」と総称しますが、磁石に強くくっつく鉄のような磁性体(「強磁性体」と呼ばれます)を除くと、ほとんどの磁性体は磁気が弱く、見た目には「なんだい、くっつかないやん、ふん!」と、磁石遊びに興じる子どもなどにはそっぽ向かれてしまいます。交替磁性体は、この「ふん!」と思われていた物質の中の新種です。

物構研の門野良典名誉教授によると、周期表の鉄(Fe)の隣近所が「どうも、怪しい」ようです。これらの元素に手心を加える、つまり、別の元素を結合させると、相変わらず磁石にはくっつかないものの、強磁性体の鉄に似た電気の流れ方に関する特別な性質(異常ホール効果)の存在が明らかになってきました。

門野名誉教授
門野名誉教授

強磁性体は、その磁石そのものの性質を応用したハードディスクなどの情報記録媒体(メモリ)などに使われ、電子技術や情報化社会を支えています。情報が書き込めるということは、「0」か「1」かを区別できる状態があるということです。強磁性体では、磁石の「N極が上」か「S極が上」かに相当します。ハードディスクのような磁気記憶媒体では、外部の電磁石に電流を流して磁場をかけてN極とS極を反転させるなどして情報を読み書きします。

強磁性体の内部では、電子一つ一つが磁石として振る舞っており、その向きがきれいにそろうことで見るからに明瞭な反応を示す磁石になります。一方で、強磁性体と似ていますが、電子の磁石が互い違いにそろっている金属もあります。これを「反強磁性体」と呼びます。「強」という字が入っているので、一見したところ鉄のような磁石に思われますが、電子の磁石が互い違いにそろっているために磁気は打ち消され、目に見える反応を示す磁石になりません。

強磁性体、反強磁性体に次ぐ三つ目の磁性体ということで「第三の磁性体」と呼ばれることもある交替磁性体は、鉄のような磁石ではありません。しかし、電子の磁石の並びと特殊な結晶構造の組み合わせで、電気に対する応答を磁石と同じように「0」か「1」かを区別できる状態を持ちます。これをうまく応用できれば、交替磁性体は普通の磁石よりもさらに高速で高密度な情報媒体になりうることから、さまざまな分野での技術革新が期待されています。

門野名誉教授は「現在のデバイスは電流を使って情報の読み書きをしており、電力を消費します。しかし、微小電流で、さらには電流を流さないでも動作するデバイスができれば、大幅な省エネが期待できます。そんなデバイスを作ろうと、(この分野の研究者らは)ここ数十年スピントロニクスという技術にも取り組んでいます。その材料にも使えるんじゃないかと、交替磁性体に注目が集まっているわけです」と話します。スピントロニクスとは、電子というこの最小の磁石を利用した新しい技術のことです。

理論的予想を検証するたびに、大きな反響

茨城県東海村にあるJ-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)では加速された陽子ビームから中性子やミュオンという2次ビームを作り、さまざまな物質の構造や機能を調べています。東京大学物性研究所のLiu Zheyuan(リウ・ゼユアン)大学院生と益田隆嗣教授の研究グループとともに、物構研の伊藤晋一教授は2024年の秋、中性子ビームを使って、マンガンテルル(MnTe)という交替磁性体候補の検証を行いました。電子は微視的な磁石であり、金属内の電子は周りの電子からの磁場を受けてコマのような首振り運動をしますが、交替磁性体では特徴的な首振りをすることが理論的に予測されています。伊藤教授らは極低温の条件で、その現象の観測に成功しました。交替磁性体と目される物質の判定に有効な手法の一つが実証されたことも大きな成果です。

伊藤晋一教授
伊藤晋一教授

その数か月後、伊藤教授は、東京大学物性研究所の中島多朗准教授の研究グループ、東京大学大学院工学系研究科の関真一郎教授らによる研究グループとともに、鉄と硫黄の化合物で磁性半導体としての利用が期待される硫黄鉄(FeS)を中性子実験で解析しました。その結果、FeSが室温で交替磁性体の性質を示すことを突き止めました。

いずれも世界で初めての発見です。

伊藤教授は、中性子での実験について「電子の状態を調べるのによく使われる、いたって一般的な手法ですよ」と、あっさり。むしろ、驚いたのはその後の反響で、「同様の検証を求める申請がたくさん来ています」と笑みを浮かべます。

「悪魔の証明」に挑戦

交替磁性体候補の本命に「待った!」をかける検証もありました。酸化ルテニウム(RuO2)という候補物質です。ルテニウムは鉄と似た性質を持つ元素で、鉄とは同族の間柄。交替磁性体の有力候補の一つとして盛んに研究が行われてきました。

交替磁性体は新しい磁性体ですが、反強磁性体の仲間なので、内部では電子の向きが互い違いにそろっており、原子レベルでは特徴的な磁場が観測されるはずです。しかし、過去の研究ではそうした磁場の信号に不確かさがあることもわかっていました。そこで、平石雅俊研究員は、幸田章宏教授、門野良典名誉教授とともに、不純物や格子欠陥が極めて少ない高純度な酸化ルテニウム試料を用い、ナノメートルレベルで物質内部の磁場を観測できる素粒子ミュオンを用いて、RuO2の磁気的性質を詳しく調べることにしました。

高速・省エネデバイスに期待、「第三の磁性体」に加速器で迫る
幸田章宏教授

すると、互い違いにそろった電子が及ぼすはずの磁場は確認できず、RuO2は、交替磁性体である以前に、そもそも反強磁性体でもなかったのです。平石研究員らは第一原理計算と呼ばれる手法を駆使して、反強磁性体でも「ない」という難しい証明(「悪魔の証明」と呼ばれる)にも着手した結果、RuO2が交替磁性体である可能性は極めて低いという結論に至りました。平石研究員らは酸化ルテニウムにおいて、この「悪魔の証明」にも成功したわけです。

ただし、薄膜にしたRuO2については「反強磁性がない」という研究も「交替磁性を示す」という研究も出ており、決着はついていません。とはいえ「(RuO2を使った)今後のデバイス開発に対して新たな指針になりうる」(平石研究員)実証結果を提示したことになります。

次世代のIT技術開発の一翼を担う 今日、デジタル技術の発展と拡大とは裏腹に、その消費電力の増大は深刻です。2019年に国立研究開発法人 科学技術振興機構が行った試算では、今から10年前(2016年)の国内のIT関連消費電力は41TWh。その伸びは著しく、2030年には36倍、2050年には4000倍を大きく超えると予測されています。交替磁性体は、従来の電子デバイスの集積能力を向上させ、小型化も可能。さらに、応答速度は1千倍にまで跳ね上がると考えられて、未来のIT機器の低消費電力化は必定です。物構研の研究者たちは、素粒子を駆使して、その実用化への一翼を担っています。

用語説明

磁気・磁性・磁力・磁場:
物質が磁場に反応して磁石になる性質を「磁性」といいます。その性質から、物質が引き合ったり反発したりする力が「磁力」で、その元となる磁気にはN極とS極があります。同じ極を近づけると反発し、異なる極を近づけると引き合います。こうした「磁気」の働く空間を「磁場」と呼んでいます。磁石と鉄を例にとると、磁石による磁気によって、鉄のもつ磁性が反応して磁石とは逆の磁気を帯びます。これにより鉄自身が一時的に磁石となり、異なる極の磁石同士として互いに引き合うことでくっつくことになります。

磁性体:
外部から物質に磁場をかけたときに、磁性を帯びることが可能な物質のことを「磁性体」といいます。鉄やニッケルなど磁石に引き寄せられる「強磁性体」は、物質内の多数の電子の向きがそろい、目に見える大きさの磁石になります。ハードディスクなどの情報記録媒体などでは、このような磁石をできるだけ小さくしたものを多数並べ、1つ1つの磁石が示すN極-S極ペアの向き(上下2通り)を0/1に対応させて、小さな電磁石で読み書きしています。一方、「反強磁性体」は、電子の向きはそろってはいるものの、互い違いの反対向きに並んでいる状態で、遠目には磁性が打ち消し合って見えるため、磁石には引き寄せられません。この反強磁性体の中の変わり種と呼ばれるのが「交替磁性体」です。鉄に近いとされる物質に別の元素が化合することで特殊な結晶構造が作られ、原子レベルでは大きな磁場が生じます。反強磁性体のように、電子の向きは互い違いになっていることから磁石の働きはないものの、強磁性体とは別のやり方で情報の読み書きができるという特徴があります。

電気に関わる性質
磁場がない物質に、外部から意図的に電流と磁場を加えると、垂直方向に電圧が生じますが、磁性体では、外部からの磁場がなくても、電流を流すと、垂直方向に電圧が生じる性質があります(異常ホール効果)。交替磁性体では、この性質を利用して情報の読み書きを行うことができると考えられています。

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