新しい概念の磁性体を実験的に検証

中性子散乱実験による交替磁性体の観測

◆新しい概念の磁性体として注目されている、交替磁性体のマグノンスペクトルの観測に、世界で初めて成功しました。

◆スペクトルの分裂が観測され、スピン流を運ぶカイラルマグノンであることが明らかになりました。

◆交替磁性体は、次世代の超高速情報通信デバイスに利用できる可能性があります。

交替磁性体のマグノンスペクトルとカイラルマグノンのイメージ
交替磁性体のマグノンスペクトル(左)とカイラルマグノンのイメージ(右)

概要

東京大学物性研究所Liu Zheyuan(リウ・ゼユアン) 大学院生と益田隆嗣 教授の研究グループ、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の伊藤晋一教授は、新しい概念の磁性体として注目されている交替磁性体のマグノン(注1)のスペクトル(注2)の観測に初めて成功しました。これは、スピン(注3)励起の観点から交替磁性体を実験的に検証したといえます。交替磁性体は、最近、世界的に研究が始まった第三の磁性体です。磁化(注4)がゼロであるにも関わらずスピン分裂(注5)があるという特徴から、スピンを活用するスピントロニクス(注6)デバイスの開発や超伝導物質の探索の場として注目されています。

本研究では、良質な大型単結晶MnTeを合成し、高性能中性子分光器による中性子非弾性散乱(注7)実験を行いました。その結果、交替磁性体において理論的に予想されていた、マグノンのスペクトル分裂の観測に、世界に先駆けて成功しました。さらに詳細な解析を行ったところ、観測されたマグノンは、スピン流(注8)を運ぶカイラルマグノン(注9)であることが明らかになりました。この発見は、交替磁性体の理解を深め、物質探索の新たな指針を示すとともに、スピントロニクスデバイスの進歩に貢献します。

本成果は、米国科学誌「Physical Review Letters」に2024年10月8日(現地時間)に掲載されました。成果を示した論文は、注目論文であるEditor’s suggestionに選ばれました。

詳しくは  プレスリリース  をご参照ください。

用語解説

(注1)マグノン
数多くのスピンが運動している様子を、量子力学的に表現した物理状態のことです。古典力学的には、スピンは波のように運動しているのですが、量子力学では、その波のような運動を量子化して、粒子の運動として表現します。このような粒子は準粒子と呼ばれます。自然界には数多くの準粒子が存在し、その一つがマグノンです。

(注2)スペクトル
粒子(もしくは準粒子)の持つエネルギーを運動量の関数として表したもの。

(注3)スピン
原子もしくは電子1つ1つに付随したミクロな磁石のこと。棒磁石のようにN極とS極を持ち、向きと長さを持っています。専門的には、ベクトルで表される物理量ということになります。同じ長さのスピンが全て同じ方向にそろった磁石は強磁性体と呼ばれており、互いに反平行に並んだ磁石は反強磁性体と呼ばれています。スピンが運動している状態を、スピンが励起している状態、と表現します。スピンが励起している状態を量子力学的に表現したものがマグノンになります。

(注4)磁化
磁性体全体にわたってスピンを足し合わせた物理量のこと。強磁性体では有限になりますが、反強磁性体や交替磁性体ではゼロになります。

(注5)スピン分裂
同じ運動量の上向きスピンを持つ電子と下向きスピンを持つ電子が、異なるエネルギーを持ち、電子のスペクトルが分裂していること。この用語は、マグノンのスペクトルではなく、電子のスペクトルの分裂に対して用いられていることに注意してください。

(注6)スピントロニクス
電子の電荷を活用するエレクトロニクスに加えて、スピンの自由度も利用する新しい技術のこと。

(注7)中性子非弾性散乱
中性子非弾性散乱は、中性子を試料に当てたときに散乱された中性子を分析して物質の性質を調べる実験です。中性子はスピンと強く相互作用するため、試料から散乱された中性子を分析することで、マグノンなどのスピン励起に関する情報を得ることができます。

(注8)スピン流
物質中のスピンの流れのこと。スピントロニクスで利用されます。

(注9)カイラルマグノン
ある状態を鏡写しにした際に、元の状態と鏡の中の状態が重なり合わない状態を、カイラリティを有する状態、と呼びます。たとえば、時計回りに回転している状態を鏡写しにすると反時計回りに回転している状態になります。これらの状態は重なり合わないため、特定の方向に回転している状態はカイラリティを有する状態、ということになります。マグノンには、スピンが反時計回りに歳差運動するカイラリティのものと、時計回りに歳差運動するカイラリティのものと二種類あります。反強磁性体の場合、図1(b)下の矢印付き回転円で示されているように、それらが両方存在するためカイラリティが打ち消しあい消失します。強磁性体の場合は、片方のカイラリティのみを持ち、スピン流を運ぶ性質があります。このようなマグノンをカイラルマグノンと呼びます。交替磁性体の場合は、同じ運動量のマグノンのエネルギーがカイラリティにより異なっているため、カイラルマグノンが存在すると予想されていました。

図1 (a) 強磁性体(第一の磁性体)、(b) 反強磁性体(第二の磁性体)、(c) 交替磁性体(第三の磁性体)におけるスピン構造(上)とマグノンのエネルギーと運動量の関係「分散関係」(下)の概略図。M は磁化を示します。分散関係に描かれている赤と青の矢印付き回転円は、各々反時計回り(右旋性)カイラリティ、時計回り(左旋性)カイラリティを表しています。

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