【KEKエッセイ #39】地球環境に優しい「国際リニアコライダー計画」

ドゥニ・ペレガリックス博士が描いた「グリーンILC」のイメージ
ドゥニ・ペレガリックス博士が描いた「グリーンILC」のイメージ


 

2015年12月に世界中の国が合意した「パリ協定」では、温室効果ガス排出量の実質ゼロを今世紀後半に実現することが目標です。そのころにはきっと、世界中の素粒子物理学者の期待を集める夢の直線衝突型加速器「国際リニアコライダー」(ILC)が本格稼働していて、画期的な研究成果を次々とあげていることでしょう。大量の電力を消費するILCにとって、温室効果ガスゼロに向かって積極的に貢献することは言うまでもない責務です。私たちがいま検討を進めている「グリーンILC」構想を紹介します。 (素粒子原子核研究所 藤本順平)

 

スイス・ジュネーブ郊外のCERN(欧州原子核研究機関)には周長27Kmの世界最大の円形陽子・陽子衝突型加速器「LHC」があり、ここで2012年にヒッグス粒子が発見されました。そのヒッグス粒子をさらに詳細に調べて宇宙創成の謎を解明しようと計画しているのが、全長20Kmの直線型電子・陽電子衝突型加速器のILCです。

 

ILCは世界中の研究者が集まって最先端の国際共同実験を行う巨大研究施設です。その建設候補予定地は、精密な加速器実験に適している、強固で安定した岩盤の岩手県・北上山地。日本が候補地になっているということもあり、KEKがILCの実現に向けて世界の素粒子物理学研究組織のリーダーシップをとっているのです。

 

ヒッグス粒子は現在、宇宙のどこにも見当たりませんが、LHC加速器で再現したヒッグス粒子は宇宙のごく初期には確かに存在していたし、創成期の宇宙が現在の形になるためには欠かせない素粒子であることも確認できたのです。しかしヒッグス粒子はまだ発見されたばかりで、その性質はよくわかっていません。そこでILCでは、光速近くまで加速した電子と陽電子(正の電荷を持つ電子そっくりの素粒子)を正面衝突させて宇宙が誕生したごく初期の状態を再現して、そのころに存在したはずの様々な素粒子を作り出すことで、私たちの宇宙の成り立ちを解明する実験を行いたいと考えているのです。

 

とはいえ、ヒッグス粒子の性質を詳しく調べると言ってもこれはたいへんな作業です。ILCをつかって一秒間に7,000回電子と陽電子を正面衝突させ、それを24時間毎日続けるのです。一方、研究者たちも高速コンピューターを使って、その衝突データーを一つ一つ調べあげるという気が遠くなる作業を何年間も続けます。研究者たちの労力もたいへんですが、電子と陽電子を光速近くまで加速する実験を遂行するための電力消費も膨大です。ですから、ILCには省エネルギー、再生可能エネルギーを利用することが不可欠なのです。

 

このためKEKは2013年ごろから、産学官の連携組織である一般社団法人・先端加速器科学技術推進協議会とともに「グリーンILC」構想を追及してきました。「グリーンILC」構想の柱は(1)加速効率の向上(2)消費電力で発生した熱の再利用(3)再生可能エネルギーの3つです。

KEKが開発した超伝導加速空洞

KEKが開発した超伝導加速空洞

KEKが開発した超伝導加速空洞

KEKが開発した超伝導加速空洞

まず、「加速効率の向上」について説明しましょう。ILCでは、電子・陽電子を加速する加速空洞はマイナス摂氏271度まで冷やすと超伝導状態になるニオブという金属を使います。超伝導状態となったニオブの抵抗はほぼゼロとなり、そこに電磁波を注ぎ込むと、注ぎ込んだエネルギーをほぼ全て加速に使うことができます。つまり、加速効率がとてもよくなるのです。KEKでは超伝導状態の理論的な考察に立ち戻り、更に効率的な加速方式確立の検討も進めています。うまくいけば超伝導加速空洞の低価格化・高性能化によるコスト削減効果も期待できます。このほか、加速するための電磁波を発生させる装置自体などさまざまな装置の効率化も検討しています。

 

ところで電子・陽電子が衝突した後の、実験に注ぎ込んだ膨大な電力はどうなるのでしょう。それは各部品で熱となって雲散霧消してしまいます。この無駄に捨てられる熱を再利用する方法はないか、私たちは一生懸命検討しています。温められた各機器は冷却水で冷却します。60前後に温められた冷却水の熱は冷却塔から空気中に放散されます。これは低品質熱エネルギーと呼ばれ、再利用しにくいと言われています。でも最近,バイオマス産業,食品産業,農林産業等でこの排熱を高効率で利用する提案がでてきています。グリーンILCでは工場や市街地から排出されるバイオマス原料の乾燥にILCの冷却水熱を利用し,それを燃やすことで発電するバイオマス発電を提案しています。さらに、地域にバイオマス資源が循環するネットワークを形成することも提案しています。

 

一方、潮力発電や風力発電、太陽光発電などを利用して、ILCに電力を供給することも考えています。前述のバイオマス発電と組み合わせることで,再生可能エネルギーの弱点である不安定な供給量の平滑化が行えます。ILCに隣接する街では、ILCの排熱を利用したバイオマス発電、各種の再生可能エネルギー、既存の電力会社の電力、工場、市街地のエネルギー網などを組み合わせたエネルギーグリッドを構築することになるでしょう。表紙絵のイラストは故ドゥニ・ペレガリックス博士が描いたイメージ図で、グリーンILCの概念を端的に表現しています。

 

本稿をまとめるにあたって、「グリーンILC」構想の生みの親の一人で東北における種々の産・学の組織と一丸になってこの構想を進めているKEK名誉教授吉岡正和氏、KEK加速器研究施設の応用超伝導加速器センターに所属しILCの超伝導空洞の製造・研究開発と共に先端加速器科学技術推進協議会で「グリーンILC」構想活動の取りまとめをされている佐伯学行准教授、同じく応用超伝導加速器センターで超伝導加速空洞を超伝導の原理から考察を進めておられ、その性能の更なる改善とコスト削減に大きな期待がかかる開発研究をされている久保毅幸助教、そして加速器研究施設の道園真一郎教授の皆様にご協力をいただきました。

関連URL

 

 

 

 

関連記事(サイト内記事)

2021/02/01【KEKエッセイ #38】雑学とサイエンスのはざまで

2021/01/13【KEKエッセイ #37】協奏的な量子ビーム利用で物性発現機構を探る

2020/12/25【KEKエッセイ #36】私たちは素粒子の海の中で暮らしている

2020/12/17【KEKエッセイ #35】“役に立つ研究”と“役に立たない研究”