【KEKのひと#61】自分が楽しいと思うことを信じて研究者に 梅垣いづみ(うめがき・いづみ)さん 

KEKウィンター・サイエンスキャンプ2024の開講式であいさつする梅垣助教

年末に3泊4日のウィンター・サイエンスキャンプで校長を担当していただきましたが、振り返ってみてどのような感想ですか?

この2年間、ウィンター・サイエンスキャンプをはじめKEKを訪れる高校生たちと直接触れ合う機会が数多くありました。過去に若者のキャリアビルディングのための講演を行ったことがありますが、その時と比べて反応をじかに感じることができたのは新鮮でした。みんな実習を楽しんでいて、そのキラキラした様子を見てサイエンスに対する興味をもっともっと伸ばしてあげたいと思いました。4月上旬の「理系女子キャンプ」にもオブザーバーとして楽しく参加しました。

ご自身も小さい頃からいわゆる「リケジョ」だったのでしょうか?

それが実はそうでもなかったです。よく子供の時に「昆虫博士」だったとか、いろいろなエピソードを持っている研究者が多い中、自分にはそういうものがないのがコンプレックスでした。でも、理科の授業の中での先生の問いかけにクラスメートと話し合ったり、実験の予習ノートをきちんと書いたりするのが好きでしたね。

研究者になろうと思ったきっかけという程のことは特に思い当たりません。ただ、思い返してみると、高校の化学の先生が女性で、その先生が大好きでした。きれいにお化粧をしてハイヒールを履いて、その上面白い授業をしてくれて、かっこよかったです。

それでも物理と数学があまり得意ではなかったため、当時は研究者になろうとは思っていませんでした。ある人から「高校の化学は大学の物理につながっている」と言われ、そのうち物理に対する苦手意識が徐々になくなっていった結果、研究者になったという感じです。

以前は企業の研究者だったと伺いました。その時のことを聞かせていただけませんか?

大学3年の時にある総合家電メーカ-の女性研究者の話を聞く機会がありました。冷凍技術の開発に従事していて、物性に興味があるとのことでした。私自身も物性(特に磁性、超伝導の性質)に関心を持っていたので、「製品開発に携わりながら学問にも関われる、こういうことができるのか」と思い、企業の研究所を目指しました。

大学院での研究対象は中性子だったのが就職してからはミュオンに替わったそうですね。どのような研究をされたのですか?

ノーベル化学賞を受賞した吉野彰先生も研究されていた、リチウムイオン電池の性能や安全性を向上するための分析技術に取り組んでいました。英国のラザフォード・アップルトン研究所(RAL)、スイスのポール・シェラー研究所(PSI)、カナダの国立粒子加速器センター(TRIUMF)でミュオンを用いた実験に従事していました。

どれも世界的に有名な研究所ばかりですね。それぞれ違いはありますか?

ミュオンのビームラインについてのあくまでも私見ですが、PSIは、測定の自動化が進んでいて、ユーザーに測定周りを触らせてくれません。スイス人の性格を表しているのか、きっちりとシステマティックな印象です。それとは対照的に、TRIUMFは温度調整が長らく手動でした。ユーザーにお任せな印象です。

とりわけ私のお気に入りはRALの中性子ミュオン実験施設ISISです。ガラス越しにビームラインが見える場所にファンシーな色あいのソファーが置いてあり、研究者も見学者もそこで自由にコーヒーが飲めるようになっています。そこが通路に面しているので、実験グループ以外のいろいろな人に会って話をするだけでなく、新しく知り合いになることもあります。今勤務しているJ-PARCの施設にもそういう場が作れたらいいなと思うのですが、日本だと無駄と思われてしまうかもしれません。休憩スペースでのおしゃべりを通して新しいアイディアが生まれる可能性もあると思います。今もこれらの施設には実験に行っていますが、その時期に培った人間関係がKEKで働く上でも役立っています。

J-PARCの広報セクションが毎月開催している科学講座「ハローサイエンス」に2020年に登壇していただきました。その当時はまだ企業の研究者としてでした。その後どのようないきさつでJ-PARCに転職されたのですか?

ミュオンの実験施設は世界に5カ所あります。上述の海外の3カ所と国内に2カ所あり、その一つが東海村のJ-PARCです。J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)にも実験をしに来ていました。企業とは異なり、様々な研究者と協力して、テーマも自由に研究ができる点に魅力を感じて職を求めた次第です。

現在は、ミュオン実験エリアの装置責任者としてユーザーの実験をサポートしつつ、その傍ら研究も行っています。ミュオンはただの物性のプローブ(磁性や超伝導を調べるための測定手段)ではなく、素粒子や原子核物理、宇宙といった基礎研究とも関連するため、所属を超えて素粒子物理学研究所のハドロングループとも関わりがあります。さらに最近は、文化財や考古学資料を対象にした、文理融合研究を展開していて、様々なバックグラウンドを持つ研究者との繋がりが深まっています。自分の研究では、検出器の専門家と共同研究を始めることができて、研究の幅が格段に広がりました。

おっしゃるとおり、ミュオンは最近ピラミッドや古墳を透視するイベントなどでも取り上げられています。どんどん人脈が広がっていますね。東海村についてはどのようなイメージを持っていますか?

「量子ビームサイエンスフェスタ(2025年3月12日~14日開催)」というイベントの実行副委員長を務めた関係で、山田 修東海村長とお話しする機会がありました。村にJ-PARCという研究施設があることを重要視してくださっていて、一緒にタッグを組んで共生していきたいと村を挙げて応援してくれている雰囲気があります。

野菜や魚、それにお米がおいしいです。海が近いおかげで夏はそれほど暑くなく、冬でも暖かいです。時々ユーザーを連れてMLFの屋上に行くと、「海が見える!」と喜んでくれます。

暮らしやすそうですね。このあたりでお仕事以外について聞いてもよろしいですか?

趣味は山登りです。夏期の間だけですが、昨年の夏は長野県の唐松岳(長野県白馬村)に登りました。高山植物がきれいでした。登山は気持ちがいいです。

それと、出かける時はできたら美術館に立ち寄りたいと思っています。好きなのは印象派の絵画です。瀬戸内海の島に建築家の安藤忠雄が設計した美術館※があり、そこにモネの絵画があると聞いたので、一度行ってみたいです。

では、最後に若い世代に向けて一言お願いします。

たとえ数学が苦手でも、物理学者になることができます。高校時代の苦手は気にしすぎることはないと思います。若い人たちには「自分が楽しいと思う気持ちを信頼していいんだよ」と言いたいです。

KEKの生涯学習事業にいろいろとご協力いただき、お疲れ様でした。ありがとうございました。

(聞き手:広報室 海老澤 直美、写真:広報室 青木 優美)

※「地中美術館」:所在地 香川県直島町

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