令和5年度第4回技術セミナーを開催 ~機械学習は特殊技能ではない~

今回ご講演いただいた4名。左から齋藤氏、荒木氏、岩井氏、上利氏

講演者:
  岩井 瑛人 氏(高輝度光科学研究センター)
  齋藤 武彦 氏(理化学研究所齋藤高エネルギー原子核研究室
    GSI Helmholtz Centre for Heavy Ion Research,HRS-HYS group)
  荒木 隼人(あらき・はやと)氏(KEK応用超伝導加速器イノベーションセンター)
  上利 恵三(あがり・けいぞう)氏(KEK素粒子原子核研究所ハドロングループ)
日時:令和5年10月31日(火)13:30 – 16:30
会場:つくばキャンパス 3号館1階セミナーホール(オンラインとのハイブリッド形式)

KEKでもようやく秋らしい紅葉が見られるようになった10月31日、令和5年度第4回技術セミナー「加速器技術における機械学習の応用事例」がKEKつくばキャンパス3号館セミナーホールにて開催されました。

機械学習は、加速器分野でも近年急速に注目されつつある技術ではありますが、現状は一部の研究者が手探りで応用の可能性を探っている段階です。今回は、加速器・物理分野で機械学習を適用したさまざまな取り組みを行っている4名の研究者・技術者をKEK内外からお迎えし、それぞれの取り組みを紹介いただきました。
今回のセミナーでは、会場での参加者14名とオンライン(zoom)を合わせ、合計102名の参加がありました。これは今年度の技術セミナーでは最多の参加人数であり、機械学習分野への関心の高さをうかがわせます。また、102名のうち34名がKEK以外の20機関から参加されました。

はじめに、高輝度光科学研究センターおよび理化学研究所に所属される岩井 瑛人氏に、「SACLA/SPring-8における機械学習を用いた加速器運転の取り組み」と題して講演いただきました。兵庫県播磨市にあるX線自由電子レーザー(XFEL)施設であるSACLAは、約700メートルの直線加速器を用いて発振した高輝度XFELをユーザー実験へ提供しており、2021年からは隣接する第三世代放射光源加速器「SPring-8」の入射器としても活用されています。高品質なXFELを発振するには、高度なビーム制御技術が要求されます。講演では、まず機械学習の一種である「ガウス過程回帰(GPR)」と呼ばれる手法について説明いただきました。その後は実際にビーム調整をGPRに任せることで、熟練のビーム調整員と同等のXFEL性能を短時間で達成したことや、ユーザーからの特殊な要望に応えるビーム性能を機械学習が見事に実現した様子などが紹介されました。さらにはビーム運転への適用以外にも、サイラトロンと呼ばれる大電力デバイスの故障の前兆を機械学習によって検知する仕組みや、冷却水流量などのアナログ計器をカメラで撮影し機械学習で処理して値を自動的に取得するシステムなど、SACLAおよびSPring-8で行われているさまざまな機械学習の応用例を紹介いただきました。講演の最後には、国内の加速器関連施設で機械学習を活用した取り組みを行っている研究者によるワークショップについても紹介がありました。

次に、理化学研究所およびGSI Helmholtz Centre for Heavy Ion Researchの齋藤 武彦氏に、「機械学習を用いたハイパー核研究」と題して講演いただきました。齋藤氏からはまず、研究背景としてドイツGSI研究所で行われたWASA-FRS実験において、「Graph Neural Network(GNN)」という機械学習手法をデータ解析に適用し、非常に高い精度で粒子識別や運動量測定を実現できたことを紹介いただきました。
さらに齋藤氏からは、J-PARC E07実験で撮影された原子核乾板(写真フィルムのような飛跡検出器の一種)を使ったハイパー核探索について紹介いただきました。E07実験はJ-PARC ハドロンホールで2017年まで行われた実験で、1300枚におよぶ原子核乾板にK中間子ビームを照射し、記録された飛跡からハイパー核のものを探し出すというものです。齋藤氏のチームは、この原子核乾板にはまだ見つかっていないハイパー核の飛跡が大量に埋もれているはずだと考え、機械学習を使ったハイパー核の飛跡探索に挑戦されました。
講演では、「Mask R-CNN」と呼ばれる手法によって、100ペタバイトにおよぶ撮影データから新しいハイパー核の飛跡を見つけ出すまでの過程について紹介いただきました。画期的な試みとして、機械学習で必要になる教師データやマスク画像の作成にモンテカルロシミュレーションを用いたこと、本物同様の原子核乾板の軌跡やバックグラウンド事象を再現するために「敵対的生成ネットワーク(GAN)」という機械学習手法による画風変換技術を活用したこと、これらの努力が実を結び、新たなハイパー核の飛跡を多数発見できたことなどが紹介されました。これらの成果は各種媒体で報道されるなど広く注目を集めましたが、齋藤氏のチームに機械学習の専門家はほとんどいなかった こと、初心者でも機械学習を活用してこれらの成果を挙げられたことを説明いただき、機械学習の経験がない技術者・研究者もたいへん勇気づけられました。
講演の最後には、機械学習が研究に革命的な変革を起こす可能性を指摘されたうえで、特に若手研究者に向けては、機械学習がこれから広がっていき、誰でもツールとして使えるような世の中になれば、研究の効率はもっと上がるであろうというメッセージを頂きました。

後半は、KEKで機械学習を活用した取り組みを行っている2名の技術職員に講演いただきました。 KEK 加速器研究施設応用超伝導加速器イノベーションセンター(iCASA)に所属される荒木 隼人氏からは、「超伝導加速空洞の内面検査画像に対する物体検出技術の応用」と題して講演いただきました。国際リニアコライダー(ILC)計画で使用する超伝導加速空洞では、内面に傷などの「欠陥」がないかを専用のカメラを使って厳しく検査されます。これまでは空洞1本あたり3000枚に及ぶ撮影画像を全て人の目で検査していましたが、荒木氏は機械学習を活用してこの検査を効率化することに挑戦されました。

大量の画像から特定のパターンを検出するという点はハイパー核探索と共通する課題ですが、空洞検査ではパターンを「見逃してはいけない」など、粒子探索とは異なる要求が課されます。講演では、3000枚の画像から欠陥のありそうな画像だけを抽出することで検査作業の効率化を目指したこと、そのために正確な判断よりも「欠陥かもしれない」場所を確実に見つけられるよう学習パラメーターを調整する工夫などが紹介されました。将来の展望として、教師データを増やすためのユニークな計画が紹介されると、会場では笑いが起こりました。

また、荒木氏も機械学習やPythonプログラミングの経験に乏しい初心者でしたが、インターネットで調べながら進めることで欠陥検出器のひな型を1日で作成できたこと、計算機もありあわせの物を使ったので予算もほとんど使わなかった事などを紹介いただき、「機械学習は特殊技能ではない」という力強いお言葉をいただきました。
講演の最後には、現在の内面検査は長年の経験を持つ熟練の検査員が担っていること、近年は職人の技術継承が課題になっていることに触れ、機械学習は熟練検査員の「職人技」を後世に残す新たな可能性になれるのではないか、という提言を頂きました。

最後は、KEK素粒子原子核研究所ハドロングループ所属の上利 恵三氏に、「J-PARCハドロン実験施設における機械学習を用いた標的温度予測方法の検討」と題して講演いただきました。ハドロンホールでは、大強度陽子ビームを標的に照射することで生成される二次ビームをさまざまな素粒子原子核研究に利用しています。斎藤氏が紹介されたE07実験もこのハドロンホールで行われていました。
上利氏からはまず、標的の温度監視はビーム条件の決定や、施設全体の安全にも関わる重要な要件であることを説明いただきました。標的温度はビーム照射条件によっても変わりますが、あるときビーム条件がほとんど変わっていないにもかかわらず、標的温度が予想よりも高くなった事例について紹介がありました。これは標的の損傷度合が変化したからである可能性があるため、上利氏はビーム照射条件から標的温度を予測し、これを実際の標的温度と比較することで標的の損傷をいち早く検知できるのではないかと考え、機械学習を使った標的温度の予測に取り組まれました。講演では、Scikit-learnというPythonライブラリーを用いて線形回帰によって標的温度を予測する式を求めたこと、非力な計算機でも十分に計算に耐えられたことなどが紹介され、実測温度との比較についても紹介いただきました。また、精度を高めるためにビーム停止後の数ショットを省いて学習に用いるなどの工夫をご説明いただきました。一方で、ビーム調整によってビーム軌道が大きく変わると過去のデータが予測に使えなくなるなど、一筋縄ではいかない苦労も紹介いただきました。

セミナーは3時間以上に及ぶ長丁場となりましたが、それぞれの講演の後には活発な質疑応答がなされました。各講師の皆さまからは、機械学習は初心者でもできる、気軽に挑戦してみては、というような言葉を多く頂戴することができました。今回のセミナーが、参加された皆さまにとって機械学習への挑戦の第一歩の後押しとなれば幸いです。

KEK 技術部門では、今後もさまざまなテーマでの技術セミナーを開催予定です。

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