【KEKのひと #55】縁の下の力持ちの34年 道園 真一郎(みちぞの・しんいちろう)さん

加速器研究施設の道園真一郎教授
KEKで加速器の研究開発に携わって34年。加速器研究施設教授の道園真一郎さんは、高周波源という自身の研究分野について「地味だけど、これがないと(実験全体が)絶対に動かない」と自負しています。道園さんがその経験から、これからの加速器研究や若い世代に期待することとは?ご本人に聞きました。

KEKに入ったきっかけは何でしたか?

東大の物理工学科出身です。ここでは、工学的な物理分野で半導体や高温超伝導、レーザーなどの研究がされていました。入ったのが金属薄膜の研究室で、研究室の先生がKEKの客員教授をやっていたことから、博士課程の実験はKEKで行いました。

1989年にKEKで実験を始め、KEKに就職したのが92年4月、KEKには34年お世話になっています。SuperKEKB加速器の前身KEKBの建設が始まった時期に入ったので、最初に携わったのはKEKBでした。入射器部分の高周波源を増強する研究開発です。

大学の時から研究者になろうと?

当時の工学部は、多くの学生が学部を卒業すると民間企業に就職していました。学部からマスター(修士課程)に行くのは半分くらい。マスターから8割は民間に就職。ドクター(博士課程)まで行っても多くは民間に行きます。私はマスターまで行って、民間の企業で研究ができればいいなと思っていましたが、縁あって、こちらにいさせてもらっています。バブルのころで、工学部から銀行に就職するという人も1割くらいいる時代でした。

KEKBの建設の後は?

KEKBの建設の後は、KEKB立ち上げ時のビーム運転調整にも携わりました。また、国際リニアコライダー(ILC)の一つ前の常伝導リニアコライダーであるJLC、GLCの研究開発にも携わっていました。2000年に1年間、文部省の在外研究員としてドイツDESYで高周波の制御について、ILCのもとになる研究開発をしていました。一貫して高周波源が専門です。

高周波源とは、加速器の中でどのような役割を担っているのですか?

加速器は、測定器側など物理実験の縁の下の力持ちの存在ですが、高周波源はさらにその縁の下の力持ち。目立たないけれど、重要な機器です。

加速器は電場で粒子を加速します。現代の加速器は周期的な電場を使って効率よく加速するように設計されており、そのような電場を作り出すのが高周波と呼ばれる電磁波です。電子レンジでも高周波を食品に当て、食品中の水分子にエネルギーを与えて加熱していますが、粒子加速器でも似たことをやっています。電子レンジでは、水分子をランダムに加速すればよいのですが、加速器では粒子のビームを整然と加速するため、全く異なる技術が必要になります。

具体的には、大電力真空管であるクライストロンと呼ばれるものを使います。クライストロンは、電子レンジで使われるマグネトロンという真空管と似ていますが、大きさや扱う電力は全く異なります。私はクライストロンの設計や、できたものの性能評価、ビーム加速に貢献できているかの確認などが専門です。

クライストロンからきちんとしたパワーを出さないと、ビームがKEKBリングの入射に必要なエネルギーに達せずKEKBリングにビームが入らないことになってしまいます 。ILCは万物に質量を与えるヒッグス粒子をたくさんつくる加速器ですが、ヒッグスができないことになります。加速器の中で所定のエネルギーを加速するのは非常に重要で、直接的に担っているのが高周波源です。きちんとハイパワーを出すことが一番の使命。地味なところだけど、それがないと絶対に動かないのです。

大きな影響を及ぼさないために調子が悪い部分を見極めて対策を考え、素早く対応すること。不調を未然に調べて、対応してあげるのが重要です。

現在は、どのようなことを?

応用超伝導加速器イノベーションセンター(iCASA)に所属しています。昨年4月に発足した、先端加速器であるリニアコライダーの加速器開発とその技術による社会貢献が目的の組織です。医療用RIや高機能材料ナノセルロースなどの電子ビーム照射による生成研究など、超伝導加速器技術の応用を進めています。

また、ILCに関しても国際協力で研究開発を続けています。ILC国際推進チーム(IDT)という国際協力で進める研究開発の母体では、ワーキンググループが三つあり、そのうちの加速器ワーキンググループの部会長をしています。

ILCはいまどのような状況ですか?

2012年に欧州合同原子核研究機関(CERN)の大型加速器LHCでヒッグス粒子が発見されました。ヒッグス粒子の質量(またはエネルギー)がわかったのですね。つまり目標が決まったので、2017年にはヒッグスファクトリーとしてのILCという提案を行いました。それから2021年5月にILCの準備施設プレラボをつくる提案をしましたが、文部科学省の有識者会議で時期尚早と言われました。

2022年6月には、ILCテクノロジーネットワーク(ITN)についてKEKとIDTが主導して提案を行いました。ITNはILCの加速器技術開発の重点事項を国際共同で進める枠組みで、15個のワークパッケージを提案し、国際協力でやりましょうと言っています。これについて今年7月7日に、CERNとKEKが協定に署名しました。これからアメリカなど参加国を増やそうとしているところです。最終的には10~20か国くらいにはなるかなと。ITNのフェイズから、準備フェイズ、建設フェイズまで順番を踏んでやっていきましょうと。国際協力できちんと研究開発できるかを実証するのがITNです。

ITNは、参加国が少しずつ増えていくことになりますが、2~3年後にはメンバーや核となるところが決まって成果が出る時期です。超伝導空洞、粒子発生技術、ビーム収束技術に焦点を当てたワークパッケージについて、国際協働で研究開発を行います。たとえば、ビーム収束技術についてはKEKにあるATFという試験加速器で世界から研究者が集まって共同実験を行うことになります。これらのワークパッケージで2~3年後、結果が見え始めてくるころで、これからが重要な時期です。

ILCができたらどんなことができますか?

まずはヒッグスファクトリーですから、これについて調べるのが非常に重要です。それは素粒子物理学の国際的なコンセンサスだと思います。また、これまでの加速器実験では、wwwの開発や、超伝導電磁石などが出てきています。ILCでも様々な分野の応用が期待できると思っています。

ILCは、先端的な加速器技術が集まって実現できる加速器です。私は20年近くILCの研究をしていますが、世界協働の研究開発が進むILCテクノロジーネットワークに若い人が参加できれば、これまでの経験者の知恵を継承し、さらに新しい研究を進める絶好のチャンスになると思っています。

(聞き手:外部資金室 牧野佐千子)

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