小惑星リュウグウのかけらを加速器でみる

(上の写真)軟X線で実験中の「固体有機物分析チーム」リーダー広島大学 薮田ひかる教授(左)と 横浜国立大学 癸生川陽子准教授(右) (下の写真)顕微鏡越しにリュウグウ試料を扱う「石の物質分析チーム」リーダー 東北大学 中村智樹 教授

小惑星探査機「はやぶさ2」を覚えていますか。「はやぶさ2」がオーストラリアの砂漠に落としていった小惑星リュウグウのかけらは、いまも世界中の多くの専門家による研究が続けられています。小惑星を調べると、太陽系の歴史や、地球上の生命がどこから来たかが分かる可能性があるからです。実はこうした研究に、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の加速器が一役買っています。

カプセルに入っていたリュウグウの試料は5グラムあまり。宇宙航空研究開発機構(JAXA)で詳細に調査されたあと、その6%が「はやぶさ2初期分析チーム」に託されました。初期分析チームには6つのサブチームがあり、そのうち2チームがKEKの加速器が生み出すビームを使って、分析を行いました。そこでどんな発見があったのでしょうか。2チームのリーダーである東北大学の中村智樹教授と広島大学の薮田ひかる教授の研究をご紹介します。


太陽系には、地球などの惑星のほかに無数の小さな天体がある。小天体の衝突・合体によって大きくなったものが惑星や準惑星で、「小惑星」は惑星に取り込まれなかった小天体だ。

惑星は、大きくなる過程で高温になり表面もどろどろに融けた。一方、小惑星はそのような高温を経験していないため、誕生直後の太陽系の状態を残している可能性がある。また、地球上の生命の材料は、冷えた地球に小惑星が多数ぶつかったことで、もたらされたのではないかと考えられている。

隕石は宇宙から地球に降ってきた星のかけら。それは小惑星からやってくると言われる。それなら隕石を調べればいいと思うかもしれないが、隕石は大気との摩擦で高温になったり、地球の酸素や水蒸気などと化学反応したりして元の状態を保っていない。

そこで直接小惑星に行き、そのかけらを頑丈なカプセルに入れて持ってくれば、隕石では見られないような生命や物質の材料を見つけることができるかもしれない。2014年、研究者の夢を乗せ「はやぶさ2」が宇宙への旅に出た。

 
試料を無駄なく調べ尽くす

はやぶさ2初期分析チームと分析の概略図
非破壊分析から破壊分析へと進められる

初期分析チームは、日本を中心に14カ国、109の大学と研究機関が参加する国際チームである。6つのサブチームは役割を分担して、それぞれリュウグウ試料の化学的特徴・粗い粒子(石)や細かい粒子(砂)の性質・揮発性成分・不溶性有機物・可溶性有機物を多角的に調べる。初期分析は2021年6月から1年間で、分析後の試料は返却しなければならない。試料はすべて番号で管理され、地球の大気(酸素や水蒸気など)から遮断された状態が保たれていた。

小惑星リュウグウの石
この研究では長さ数mmの粒子を「石」と呼ぶ
(提供:東北大学 中村智樹教授)

探査機が持ち帰った試料のことを帰還試料(リターンサンプル)という。帰還試料の分析は、それぞれに専門分野をもつ数多くの研究者が関わる一大プロジェクトだ。割り当てられた希少な試料を無駄にすることなく調べ尽くすためには、どの実験手法でどんな順番で分析するかの段取りが肝。試料を破壊しない分析は川の流れに例えると「上流」の分析手法で、上流から下流へと試料を上手に受け渡して分析を行う。

リュウグウ試料は最大10 mmほどの大きさしかない。物質の構造や状態の分析では、手法によって適正な試料の大きさが違う。できるだけ大きい試料を使いたい手法もあれば、とても小さく薄くしないと分析ができない手法もある。

KEKでは3つの手法でリュウグウ試料の分析が行われた。KEKの加速器を武器に、わずかな試料から宇宙を覗く、実験の現場をご紹介したい。

↑ ページトップへ

ミュオン

石を壊さずまるごと透視
 

「石の物質分析チーム」の大きな目標は、数々の分析を行い、そのデータをもとにシミュレーションして小惑星リュウグウができるまでのシナリオをつくることだ。

2021年6月末、東北大学 中村智樹教授が、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設(J-PARC)にリュウグウ試料を持ち込んだ。J-PARCとは、KEKと日本原子力研究開発機構(JAEA)が共同運営する研究施設で、そこには世界最高強度の陽子ビームを出す大きな加速器がある。加速器とは、陽子や電子などを光の速さ近くまで加速するための装置だ。

ミュオン照射実験エリアD2全景
ミュオンの実験施設は KEK 物質構造科学研究所が運営している (J-PARC MLF にて 2021年6月)

その陽子ビームをグラファイト標的(炭素でできた板)に当てると、ミュオンという素粒子のビームができる。ミュオンは空から降り注ぐ放射線(宇宙線)にも含まれていて、ピラミッドの透視にも使われた。しかし、宇宙線のミュオンはいつどこからやってくるか分からず数が少ないため、物質分析には加速器の力を借りるのだ。

負の電荷を持つ負ミュオンは、物質中の原子内に入り込み、その元素固有のX線を出すという特性がある。これをうまく使うと試料に含まれる元素の存在量を知ることができる。容器ごとそこに置くだけで中身が分かる、まさに透視できるのだ。壊したくない小判や緒方洪庵の薬瓶中の薬など、考古学試料の分析に用いられ成果をあげている。

石の物質分析チームは、リュウグウ試料に炭素・窒素・酸素などの元素がどのくらい存在するのかを非破壊で測りたかった。ところが、試料が少量であること、試料周りの炭素が検出されてしまうことなど、課題は山積みだった。しかし多くの研究者の努力と、大粒の試料を実験に使うことができたおかげで、精度の良い分析結果を出すことができた。

はやぶさ2初期分析「石の物質分析チーム」リーダー
東北大学理学部(地学) 中村智樹教授
実験装置への設置前に試料ケース内を確認しているところ 
試料は銅箔に包まれたまま分析される

地球化学では「CIコンドライト」という隕石が、「太陽系にどの元素がどのくらいあるか」を示す基準とされている。だが、大気を遮断した状態で分析されたリュウグウ試料との比較によって、従来のCIコンドライトの分析結果が、地球由来の元素を余分に(酸素では25%)含んでいたことが判明した。今後もっと多くの試料で分析することで精度が上がれば、CIコンドライトに代わってリュウグウ試料が基準になるだろう。今回の実験はその先駆けになったと言える。

↑ ページトップへ

硬X線

鉱物の結晶構造を知る
 

X線ではエネルギーが高いものを硬い、低いものを軟らかいという

石の物質分析チームリーダーの中村智樹教授は、物質情報に基づく太陽系初期の謎の解明を目指し、地球外物質を分析してきた。学生のころからもう30年以上も、茨城県つくば市にあるKEKのフォトンファクトリー(PF)に通い続けているヘビーユーザーだ。地球外物質に含まれる鉱物の組み合わせを知るため、南極などで自ら採取した微隕石や宇宙塵(うちゅうじんと読む。宇宙から落下した塵(ちり)のこと)、アメリカ航空宇宙局(NASA)の探査機「スターダスト」が採取したヴィルト第2彗星の塵、JAXAの「はやぶさ」が持ち帰った小惑星イトカワの塵も持ち込んだ。PFでの帰還試料の分析はこれで3度目になる。

硬X線の実験で使う記録媒体について説明する中村智樹教授
中村教授は「確実にデータが取れるからここに来る。データを見て直感的に分かるからここで実験するんです」と言う
(PF BL-3Aにて 2021年6月)

 
加速器が生み出す光
 

フォトンファクトリーはその名(光の工場)の通り、加速器によって強力な光を生み出す実験施設だ。光は、電子を加速し楕円軌道を周回させることで得られる。この光を「放射光」という。とても明るく細く絞ることができるほか、波長を変えられるなどさまざまな特長を持つ。だから、中村教授のような微小な試料を詳しく調べたい研究者たちが、光を求めてやってくる。

波長とは波の1周期の長さのこと。光は電磁波という波で、波長によって性質が異なる。目に見える光の色の違いも、波長の違いに対応している。波長が短いほど速く振動する電磁波で、エネルギーが高い。

放射光には広い範囲の波長の光が含まれるため、紫外線や軟X線、硬X線などと区別し使い分ける。この中で最も波長が短いのが硬X線である。聞き慣れないかもしれないが、レントゲンが発見し病院でも使われている、いわゆるX線のことを指している。

 
どんな鉱物があるのか知りたい
 

鉱物の結晶に硬X線を当てるとその構造(どんな元素がどんな形で並んでいるのか)に応じてX線が曲げられる(回折(かいせつ))。硬X線を当てたまま試料を回すと像は同心円を描く。その像が鉱物結晶の構造を表すデータだ。

リュウグウ試料のX線回折データ
(データ提供:東北大学 中村智樹教授)

これは同心円の集まりに過ぎないが、それを見ただけで中村教授には試料にどんな鉱物が含まれているか分かってしまう。これまで見てきた何千もの隕石や宇宙塵のデータベースが頭の中にあるからだ。

使う試料はごくわずか。特殊なカメラに針の先ほどの小さな試料を手際よく取り付け、ひたすら同じ方法でおびただしい数の放射光実験をこなしてきた。

同じ手法を使い続けることについて、本人は「馬鹿の一つ覚え」と笑うが、これには大きな意味がある。宇宙の岩石を調べる学問は、博物学に近い。地球に落ちた隕石を入手し調べて分類する。そこから理論が生まれた。さらに、地球外の物質を積極的に入手するために人類は探査機を飛ばすようになった。新たに手に入れた小惑星の岩石が、既知の隕石から推測できる特徴を持つのか、教科書を書き換えるような発見をもたらすのか、確かめるには同じ方法で積み上げられた知識との比較が不可欠だ。中村教授にとって、その知識の土台を作り、活かす場のひとつがPFなのだ。

2021年6月、中村教授はチームリーダーとして17個のリュウグウの石を受け取った。経験豊富な中村教授でも、大気に触れていない状態の試料を分析するのは初めてだった。東北大学のクリーンルームで大気を遮断したまま、赤外線〜紫外線を用いた詳細な観察を行った。「初めの1週間はただ真っ黒な石にしか見えなかった」が、次第に違いが見えてきた。

中村教授はその中から特に調べたい部分を選び、分析に適した形に整えると、6月下旬、真っ先にPFにやってきた。硬X線が「上流」の分析手段であるだけでなく、岩石の基本的で最も重要な特徴である鉱物の種類と組み合わせが分かるからだ。試料は、大気から遮断された状態を保てる透明な箱の中で慎重に扱われた(アイキャッチ画像 下の写真:中村教授がアクリルケース越し顕微鏡越しにピンセットで試料を扱っている)。

PFでの硬X線を使った実験で、リュウグウのどの試料にも2種類の含水鉱物(結晶の中に水を含む鉱物)が含まれていることが分かり、その後の実験計画に役立てられた。含水鉱物のほかに、水との反応で形成された多くの種類の鉱物が検出された。

PFで分かったリュウグウ試料の鉱物の組み合わせから、リュウグウでは液体の水と岩石の比が、およそ一対一だったことが分かった。地球の海は表面にしかないが、リュウグウは天体の半分が水だった! リュウグウの中で含水鉱物ができたときは、層と層の間に水を含んで膨らんでいたが、軌道が変わり太陽に近づいたことで、水が抜けて干からびたらしい。

↑ ページトップへ

軟X線

原子のつながりを知る
 

KEKで実験を行った2つの分析チームが共通して使った装置がある。軟X線を用いた走査型透過X線顕微鏡(STXM:スティクサムと読む)である。

PFの軟X線で観察したリュウグウ試料
(提供:広島大学 薮田ひかる教授・横浜国立大学 癸生川陽子准教授) 色の違いは元素の違いを反映している

軟X線は比較的エネルギーが低いX線だ。波長の特性で透過力が弱く、空気を通り抜けられない。試料はそんな軟X線が透過するほど薄くして真空中で扱う。この顕微鏡では、そこにある元素がマッピング画像として得られる。既知のデータと突き合わせると、原子の化学状態がどうだったかが分かる。

竜宮(城)の水はどんな水?
 
石の物質分析チームは試料を大気に触れさせない状態のまま、この顕微鏡を使ってリュウグウ試料に含まれる無機物(層状珪酸塩鉄)を調べた。鉄原子の電子の失いやすさ(Fe2+なのかFe3+なのか)を調べると、リュウグウ内部で含水鉱物ができたとき、水とどんな反応をしたかが分かるからだ。

また、少しずつ大気を取り入れ試料の変化を追いながらの分析も行われた。リュウグウ試料はカラカラに乾いているため、地球の大気に触れると酸化と水の吸収が一気に進む。酸素との反応によりたった2日で試料表面に結晶ができてしまったという。

これらの実験を全面的にバックアップしたのが、装置の責任者である山下翔平助教(KEK 物質構造科学研究所)である。山下助教は事前の環境整備を行ったほか、実験中も試料のセットアップやデータ取得のために必要な調整など主要な作業を引き受けた。

グローブ付きの密閉容器に両手を入れてリュウグウ試料を設置する山下翔平助教(PF BL-19Aにて 2021年6月)
密閉容器の中のようす
手にしたアクリルケースの中に試料ホルダーがある

「おおもとの石」を大発見
 

中村教授の東北大学での顕微鏡観察では、リュウグウの大部分の岩石で、水による化学反応(水質変成)が進行していることが分かった。しかし中村教授は水質変成があまり進んでいない部分に興味がある。それは、太陽系の始まりにあった原始星雲でリュウグウが生まれたとき、そこにどんな塵が浮かんでいたかを教えてくれるからだ。つまりリュウグウを作った太古の塵というわけだ。

リュウグウは、大きな天体の一部が何らかの原因で砕け、再び集まってできたと考えられている。元の大きな天体「母天体」は水も二酸化炭素も凍るほど太陽から遠い場所でできた。母天体の内部は温度が上がり氷が融けて水質変成が進んだが、表面近くは凍りついたままで、生まれた場所の塵が残っていた。その後できたリュウグウにも母天体表面の塵が取り込まれた可能性はゼロではない。

中村教授は顕微鏡で試料を隅から隅まで粘り強く見た。ここにはないのかと諦めかけたとき、「おおもとの石(水質変成が進んでいない部分)」が見つかった。この部分は、超新星爆発のあと広がった雲からできた塵、つまり太陽系が始まる前にできた粒子(先太陽系粒子)を多く含むと考えられる。これを分析すると太陽系星雲の原材料物質がどのくらいあったのか分かるはずで、興味は尽きない。中村教授は、「数多くの発見があった1年の分析の中でこれが最大の発見だ」と考えている。

中村教授は、再度同じ試料を入手して「おおもとの石」の酸素同位体比を調べ、塵がどんな星から来たのか調べたいと熱く語る。PFにまた持ち込んで軟X線で分析の予定だ。

最近、山下助教は試料を薄く削らなくてもSTXM分析ができる新しい手法を開発した。次の実験ではこの新手法が使われることになるだろう。

 
酸に負けない高分子「黒い有機物」
 

有機物は軟X線を吸収する性質がある。

「固体有機物分析チーム」リーダーの広島大学大学院先進理工系科学研究科 薮田(やぶた)ひかる教授と、横浜国立大学 大学院工学研究院 癸生川陽子(けぶかわ ようこ)准教授も、リュウグウ試料の有機物を調べるためPFの軟X線で分析を行った。

固体有機物とは、強酸などでも分解されない強い結合を持つ高分子のことである。固体有機物分析チームはリュウグウ試料に酸処理を施し固体有機物を抽出した。研究者はこれを「黒い有機物」と呼ぶ。

酸処理によって分離精製したリュウグウ試料の固体有機物(Yabuta et al. SCIENCE 2023)
はやぶさ2初期分析「固体有機物分析チーム」リーダー
広島大学 薮田ひかる教授(PF BL-19Aにて 2021年11月)

抽出の前後に、赤外線や放射光、レーザーなどを用いた多くの分析を行い、データを比較した。その結果、酸処理前後のデータの違いは少なく、リュウグウ試料に含まれる有機物は大部分が固体有機物であることが分かった。

初期太陽系の有機物の起源と進化を解明する「宇宙化学」が専門の薮田教授は、「この真っ黒な固体有機物は、一見、生命を構成する成分とは無関係のように見えるかもしれないが、小惑星有機物の主成分として初期地球に炭素を大量に供給し、生命を育む天体環境の形成に寄与した可能性がある」と言う。リュウグウ試料には隕石には見られない有機物も多く、軟X線を用いた実験や室内実験で確かめていきたいと語る。


分析と計算により小惑星リュウグウ形成史をまとめた石の物質分析チームは2022年9月に、固体有機物分析チームは2023年2月に、それぞれ分析結果を発表した。この後JAXAから「はやぶさ2」サイエンス全体のまとめが発表される見込みだ。

現在は、希望する研究者がリュウグウ試料を手にすることができるようになっている。実験施設も多様化し、それぞれの対象に合った分析手法を選べる時代になった。地球外試料に限らず、複数施設の分析を組み合わせた研究成果も増えている。今後も「発見」の報せが届く可能性は大いにある。

実はPFでの初期分析で見つかったことの大部分はまだ公表されていない。また、中村智樹教授も薮田ひかる教授もPFでのリュウグウ試料分析を続ける予定だ。続報を楽しみに待ちたい。

↑ ページトップへ

関連記事

関連サイト