機械屋の私は時々、馴染みの機械加工業者と「あうんの呼吸」でもって仕事を進めます。いま人工知能(AI)がブームですが、このあうんの呼吸も近い将来、AIに置き変わるのでしょうか。私が、あうんの技術を習得したAI営業アバターと対話するのでしょうか。それとも私のノウハウを学習したAI機械屋アバターが、業者の代わりのAI営業アバターと交渉してくれるのでしょうか。いずれにせよ、その結末が楽しみです。でも私は、AIに追いつかれることはあるかもしれないけれど、追い越されることはないと予想しています。まあ、AIを選ぶかどうかは私たちのボス次第なのですが。(機械工学センター 山中 将)
現在は第3次AIブームと呼ばれています。将棋ソフトがプロ棋士に勝利したり、医療分野で画像診断ソフトが病気を早期発見したりしています。ものづくりの分野にもAIが浸透しています。AIと機械屋の関わりについてお話ししましょう。
AIの定義は色々ありますが、とりあえず「便利な道具」と捉えてみましょう。機械屋の仕事の一つが「設計」です。機械は多くの部品で構成されているので、それぞれの部品を製造するための図面が必要です。各図面に部品の形と作り方を書き込みます。図面が完成したら、それを加工するため工場に発注します。工場では熟練者がその図面を見て、材料代がいくらで、加工に何日かかるか、その工場にある機械で加工できるかを検討し、見積りを出します。発注が決まれば、製造開始です。現場では製造手順を考えます。複雑な形状の場合は、何種類も工具を交換して加工する必要があり、どのような順番で加工するのが効率良いかを考えます。ここにも熟練が必要です。
この一連のプロセスはコンピューターのおかげでだいぶ自動化・省力化されました。手書きの文章からワープロに移行したように、図面も1980年代までは手書きが主流でしたが、現在はコンピューターで描くCAD(Computer Aided Design)に置き換わりました。ワープロが自ら文章を書かないないように、CADを使っても設計するのは人間です。機械加工もまた、以前は手動機を使って職人さんが図面を見ながら操作していましたが、現在はコンピューターがプログラムされた通りに機械を動かします。ですから、素材をセットしてスイッチを押すだけで機械加工が始まります。
図面から加工プログラムを作成する必要がありますが、ここでもAIを活用した高精度な自動化が進んでいます。当初は、自動的に生成された加工プログラムは品質が悪くて人間が修正しないと使いものにならなかったのですが、現在ではレベルが相当上ってきました。さきほどの見積もり作業もAIによる自動化が進み、過去の事例をベースに瞬時に回答するサービスが出てきています。コンピューター上でCADデータを送信すると、30秒以内に見積り金額と納期が表示されます。ポチッと発注すれば、図面データが加工データに変換され、各地の提携工場に送信され、同時に材料も手配され工場に支給し、製造開始されます。後日、宅配便で製品が届けられます。納期は従来の1/3〜半分程度に短縮されます。簡単なものだと2、3日で入手できます。
CADを使っても間違いや寸法もれはあります。図面を書いた人とは別の人が検図をするのですが、ミスを見逃すこともあります。現場から寸法がわからない、加工できないなどの指摘で修正することを「手戻り」と言います。生産性を下げる大きな原因となります。最新のAIシステムは、このようなミスを瞬時に見つけて設計者に教えてくれます。私は設計も検図もしますが、これは大変ありがたい機能と感じています。
一方、このようにAIによる自動化・省力化が進むと、多くの雇用が失われてしまうという見方もあります。経済協力開発機構(OECD)の調査によると、日本の労働人口の15%が代替される可能性があるといいます。AIで自動車の自動運転が進むと、バスやタクシーの運転手が不要になることが例として挙げられています。機械屋の仕事もAIに取って代わるのでしょうか。
今のAIではビジネスを企画したり、他人と交渉したりなど、人間特有の高度な仕事はできないと言われます。「原価1万円で軽量な自転車を設計しなさい」という商品企画を考えてみましょう。軽くするには材料を変更するのが効果的です。鉄をアルミに変えれば重さは半分以下になりますが、人が乗ったら壊れます。チタンは軽くて丈夫ですが鉄の10倍くらい高価で、コストの壁があって使えません。コストを意識しすぎると魅力がない自転車になります。「設計」は制約条件のもとで様々なアイデアを統合して最適な解を導く作業です。知識と経験とノウハウの塊です。AIでこのようなことができるのなら驚きですが、たぶん実現できないでしょう。
機械屋のもう一つの仕事として、困りごとの相談にのるコンサルタントの仕事があります。これはAIに置き換えることができると思います。質問が具体的であれば、ネットで調べればいくらでも有用な情報が得られます。機械工学に限定した質問に答えるサイトがあり、検索すると過去のやり取りから必要な情報が得られます。AIがこのような事例をたくさん学習すれば、私が答えられるようなことはだいたいAIも答えられる日が来るでしょう。
先日、加速器のある部品を加工したかったので、現物を見ながら馴染みの業者さんと商談しました。「この部品の加工なんだけど、A工法でいけるよね」「Aでやれないことはないけど、Bの方が安くできると思う」「Bだと精度が心配ですね」「CというマシンがあるのでそいつでやればOKです」「そうそうCがあったね」「それなら1週間くらいでできるかな」「大丈夫です」。話は10分ほどで終わりました。この日、業者側には若い方が同行していましたが、私たちの会話内容がさっぱり分からず、「一体この2人は何を話していたのだろう」とばかりにきょとんとしていました。私たちのあうんの呼吸です。