【KEKエッセイ #43】超伝導電磁石材料の開発競争を制するのは誰?

Nb3Snの超伝導性能試験の準備。針金のように見えるのがNb3Sn。(撮影:松井龍也)
Nb3Snの超伝導性能試験の準備。針金のように見えるのがNb3Sn。(撮影:松井龍也)
加速器には数多くの最先端技術が使われています。その中の一つに、私が研究開発している超伝導電磁石があります。超伝導電磁石は通常の電磁石よりもはるかに強力な磁力を発生するので、加速器の中の荷電粒子を効率よく制御できます。超伝導電磁石開発の歴史を振り返り、重要な役割を演じた超伝導材料のニオブ3スズ(Nb3Sn)とニオブチタン(NbTi)の物語を綴ります。(共通基盤研究施設 荻津透)

超伝導現象は1911年にオランダのライデン大学でカマリング・オネスによって発見されました。オネスは絶対温度4.2ケルビン(セ氏零下269度)の液体ヘリウムを初めて実現した物理学者としても有名です。彼はこの液体ヘリウムを使って、水銀、錫、鉛などの金属を極低温に冷やすと突然電気抵抗が消えることを発見。これを超伝導現象と名付けました。

彼は、当時発見された超伝導材料の中でもっとも超伝導に転移する温度(転移温度)が高かった鉛を使い、超伝導電磁石を作ることを試みます。しかし、鉛の超伝導はわずかな磁場がかかるだけで壊れてしまうので、電磁石への応用は実現しませんでした。このため、超伝導はしばらくのあいだ物理現象探求の対象に限定されていました。

この状況を大きく変えたのが1954年に発見されたNb3Snです。Nb3Snは転移温度が18ケルビン(同255度)と比較的高く、また4.2ケルビンでの超伝導状態が持続できる磁場の限界(臨界磁場)が20テスラ(磁場の単位でフェライト永久磁石の表面磁場は約0.4テスラ)と非常に高磁場の画期的な材料でした。

Nb3Snは米国ベル研究所で発見され、クンツラーを中心に超伝導電磁石の開発が進められました。一方、米国総合電機メーカーのウェスティングハウスでもハームを中心にニオブジルコ(NbZr)という超伝導材料を使った超伝導電磁石が開発され、Nb3Snと激しい開発競争を展開しました。クンツラーのボスは、2.5テスラを超えたら0.3テスラについてスコッチを1本を奢るという人参をぶら下げます。これが功を奏したのか、クンツラーのチームは1961年の学会までに6.8テスラの超伝導電磁石を開発してハームのチームの6テスラに勝利しました。この後さらにクンツラーたちは10テスラを実現、スコッチ2ケースを獲得します。このように超伝導電磁石開発の初期はNb3Snが花形でしたが、ベル研究所はこの高磁場電磁石にビジネスへの魅力を感じず開発競争から撤退してしまいます。

NbZrで6テスラ を実現したハームたちは、1962年からニオブチタン(NbTi)という新しい材料で超伝導電磁石の開発を進めます。このNbTiに加速器物理屋たちが目をつけました。当時、より詳細な物理を調べるため加速器の高エネルギー化が図られていました。その結果、常伝導の電磁石がどんどんと巨大化し、電力消費も膨大になってきました。そこで加速器物理屋は、常伝導電磁石より圧倒的に少ない電力で常伝導電磁石の2倍以上もの磁場が実現できる超伝導電磁石に目をつけたのです。

当時世界最大の加速器は、米国フェルミ国立加速器研究所(FNAL)にある周長6.3kmのメインリングと呼ばれるシンクロトロンタイプの加速器でした。メインリングは400ギガ電子ボルト(ギガは10億、1eVは1Vで加速した電子のエネルギー)の陽子ビームを発生させますが、FNALはここの常伝導電磁石を超伝導電磁石に置き換えることで1テラ電子ボルト(1000ギガ電子ボルト)を実現するテバトロン計画を始めます。エネルギーは倍増して消費電力はメインリングの半分以下です。

テバトロンは4.2TのNbTi超伝導電磁石を700台以上必要としました。テバトロンのために実現した超伝導電磁石の量産技術は、すぐにMRI(磁気共鳴画像法)に展開されました。今でこそMRIはどこの病院にもありますが、当時は超伝導電磁石を産業化する技術がなく、超伝導電磁石によるMRIはまだありませんでした。MRIのほとんどがNbTi超伝導電磁石を使っています。現在MRIが身近にあるのはテバトロンのおかげと言っていいのです。もちろん物理実験装置としてもテバトロンは、欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC、周長27km)が稼働するまで世界最大の加速器としてトップクオークの発見など多くの物理成果を上げました。

このようにNbTi超伝導電磁石が超伝導電磁石市場を席巻する一方、Nb3SnはNbTiに比べて臨界温度も臨界磁場も倍以上という高性能を誇りながら産業化は遅れています。この違いは、Nb3Snが脆く割れやすい化合物なのに対して、NbTiは合金で延性・展性があり容易に曲げたり伸ばしたりできることです。KEKでもNb3Snの高磁場加速器用超伝導電磁石の実現を目指して超伝導線の開発を国内メーカーと共同で進めていますが、少し曲げすぎたり衝撃を加えたりすると途端に性能が劣化するなど結構苦労しています。高性能だけど壊れやすく扱いづらいものより、性能はそこそこだけど壊れない扱いやすいものの方が使ってもらえる。どこかで聞いたような話ですよね。「俺が先陣を切り拓き、能力も俺の方が圧倒的なのに‥」と居酒屋でくだを巻いているNb3Snの姿が見えるようです。

とはいえ、Nb3Snの巻き返しも始まっています。現在進められている欧州のLHCのアップグレードでは、一部でNb3Sn電磁石が使うことが決まっています。LHCの次の巨大加速器計画として100kmのリングに何万台ものNb3Sn超伝導電磁石を並べるという途方もない計画が提案されています。また最近では、超伝導加速空洞の材料としても注目されてきています。

1986年に発見された高温超伝導材料も未来の新材料として魅力的です。現状はまだ高価格で壊れやすい、使いづらいという欠点がありますが、臨界温度は90ケルビン(同183度)を超え、4.2ケルビンでの臨界磁場も40テスラを大きく超える高性能ゆえ研究開発も非常に盛んです。このような激しい開発競争の中で果たしてNb3Snが生き残れるのかどうか、まだ予断を許しません。私たちを含め多くの研究者が次世代の高性能加速器の実現に向けてNb3Sn超伝導電磁石の研究開発に努力しています。もちろん、Nb3Sn一筋ではなく高温超伝導にもちゃっかり浮気をしていますが‥。さて年老いた過去のスターは雌伏の時を超えて新たな活躍の場を得られるのか。それとも若手のスターに取って代られてしまうのか。物語はまだまだ続きます。

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