【KEKエッセイ #45】ジャーナリストで評論家の立花隆さんが4月30日にお亡くなりになりました

故・立花隆著『小林・益川理論の証明』背景は小林ホール(撮影:引野肇)
故・立花隆著『小林・益川理論の証明』背景は小林ホール(撮影:引野肇)


ジャーナリストで評論家の立花隆さんが4月30日にお亡くなりになりました。小林誠・益川敏英両博士は2008年、彼らの「CP対称性の破れの起源の発見」の功績でノーベル物理学賞を受賞しましたが、それは小林・益川理論が正しいことをBファクトリーのBelleチームが証明したからです。立花さんは言っています「証明されない理論は、ほとんど紙くずに等しい」と。このことを知った立花さんは、私たちのところまでわざわざ何回も取材に来て、「立花隆 小林・益川理論の証明」という一冊の本に著していただきました。私たちの研究成果を真正面から評価してくれた唯一のジャーナリストだったように思います。こころからのご冥福をお祈りいたします。(高崎史彦 名誉教授)

 

 

立花さんが我がBelleチームに取材に訪れた時、私はKEKの素粒子原子核研究所の所長でした。彼から取材を受けた時の第一印象は、とにかく細かいところまでよく勉強しているなあ、ということでした。同じ分野の研究者とまるで話をしているように感じました。そして、その質問の内容も深い。自分が納得できるまでとことん聞いてくる。執拗に「元論文を見せてください」と言って、私の言葉の根拠となった論文を自宅に持ち帰り、完全に納得しようとする。他人の言うことは信じない、自分の目で見たものしか信じないという姿勢は、田中角栄元首相の金脈問題を追及し退陣にまで追い込んだ時の立花さんの姿を彷彿させるものでした。取材の合間には元首相の話もよくしました。

 

立花さんの熱心な取材は10回以上続いたでしょうか。KEKBの施設見学もしました。根掘り葉掘り聞いて来るので、取材を受けている私にとっても勉強になりました。普段全く考えていなかったような盲点を突いてくるので、私は「それは、えーっと」などと絶句してしまう。とくに加速器のこととなると私も自信がないので、「それは他の研究者に聞いてほしい」などと言って逃げてしまうこともよくあった。立花さんが反物質についてはよく理解できていないなと感じることもあったが、考えてみれば私だって、数学的にその存在を理解しているだけで実態としてはよく分かっていないことが分かった。

 

立花さんのご自宅にも何回かおじゃましました。「立花隆 小林・益川理論の証明」を執筆する立花さんの隣に私が居て、おかしな記述がないか確認するためでした。立花さんはとにかくさまざまなテーマで研究、取材しているので、部屋では大量の書籍が山のように積み重なっていました。でも、話の途中で突然その山の中に手を入れ、お目当ての本をぱっと取り出してくる神業には何度もびっくりした。

 

「立花隆 小林・益川理論の証明」の冒頭の30ページにこんな記述があります。「このBファクトリーも実験物理学の世界において、まさにState of the Art.の域に達したとしか表現のしようがないレベルに達したと思います。よくぞここまでやったと、作った人、使いこなした人たちに対して頭が下がります」。私たちは、この言葉を胸にこれからも前進していきたいと思います。

 

 

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