【KEKエッセイ #44】加速器と生体分子研究をつなぐ「お皿」のひみつ

構造生物学研究センターの結晶化ロボット
構造生物学研究センターの結晶化ロボット
2021年春の科学技術週間 オンライン施設公開では構造生物学研究センターの結晶化ロボットの動画を紹介しました。ただ、話が細かすぎて、ロボットが2つの液を混ぜるとき実際に何をやっているか、明快な説明ができなかったことをお詫びします。本当はこんなことをやっているのです。(物質構造科学研究所 深堀 協子)

KEK物構研には「タンパク質」の研究センターがある。KEKが研究テーマとする宇宙・物質・生命のうち、生命に特化した研究拠点がこの構造生物学研究センターだ。タンパク質は生物の中で様々な働きをする、生命にとって必要不可欠な最小パーツと言っていい。この世に無数に存在するタンパク質のかたちを解き明かすことで、生命の謎が少しずつ明らかになっている。そのための小道具の一つ、小さなお皿について話してみたい。

「加速器で生命の研究ってどういうこと?」と思われる方のために簡単に説明すると、加速器とタンパク質が出会う場所は、放射光実験施設フォトンファクトリーだ。直線加速器で加速された電子は、あっという間にフォトンファクトリーのリングに到着してぐるぐる回り始める。正確に言うと電磁石によって少し進むたびに曲げられる。電子は曲げられるときに強い光を出す。これが放射光で、その光がビームラインと呼ばれる何本もの細い管に導かれて実験装置まで届く。

一方、タンパク質はと言うと、たいへんな手間をかけて小さな結晶となったものがフォトンファクトリーに到着する。原子や分子が規則正しく並んでいるものを結晶という。(キラキラした塊になることが多いが、チョコレートも結晶のひとつだ。)強力なX線(放射光)を浴びると、小さなタンパク質の結晶は、その並び方を反映したかたちの斑点(回折像)を浮き上がらせる。高性能な検出器でそれを読み取り、解析することで、結晶となったタンパク質がどんなかたちをしていたか知ることができる。これが、タンパク質X線結晶構造解析だ。

X線の通り道で試料を付けたり外したりするのは、試料交換ロボットだ。このロボットがいるおかげで、人はX線が当たらない場所で操作ができ、たくさんの結晶を次々に調べることができる。

ここで問題になるのは、どうやってタンパク質の結晶を得るのかということだ。うまくタンパク質が集まっても、必ず結晶になるとは限らない。残念ながら、今なおタンパク質がどのような条件で結晶になるのかを理論計算で求めることはできず、実際に数百あるいはそれ以上の条件を試さざるを得ない。人間がやると時間がかかるからロボットによる自動化で研究の効率を上げる。具体的には、タンパク質の溶液と結晶化液と呼ばれる薬品を混ぜて置いておくのだが、ここで結晶化液を少しずつ変えて試してくれる「自動結晶化ロボット」が活躍する。

結晶化プレート 小部屋の内寸は8 mm×8 mm、お皿の直径は2 mm

自動結晶化ロボットはちょっとひんやりする部屋の中にある。このロボットは、バーコードがついた結晶化プレートを扱う。結晶化プレートは8×12の小部屋に仕切られていて、1枚で96種の結晶化液つまり結晶化条件を一度に試すことができる。ただ96に仕切られているだけではない。一つ一つの小部屋の中央にはタジン鍋の蓋のようなくぼみのついた突起がある。このくぼみが「お皿」である。

あらかじめ別の96分割の容器に入っている96種類の液が、96のスポイトによっていっぺんに吸い上げられ、まず結晶化プレートの小部屋の底に注がれる。この時点ではお皿は空のままだ。続いて96のお皿に同じタンパク質溶液が注がれる。次に1列8個のスポイト群が現れ、小部屋の底にある結晶化溶液を吸い上げ、同じ小部屋のお皿に注ぐ。これを繰り返し、96のお皿の中はタンパク質とそれぞれの結晶化溶液が混ざった状態になった。その後、小部屋の天井は透明なフィルムによってぴったり蓋をされ、気体も簡単に行き来できない96の密室が出来上がった。その後、結晶化プレートはインキュベーターという名の恒温槽に運ばれる。

ここで、結晶について考えてみよう。ミョウバンの結晶を作ったことがあるだろうか。温めないと融けきらないような濃い溶液を作ると、冷めることによって融けていられなくなった成分が結晶として析出するのだった。しかし、本来、ものごとはエントロピー増大の方向へ動くもので、原子分子が規則正しく並ぶにはそれ相応の理由がある。たとえばミョウバンの分子にしても、液中に融けていられなくなって規則正しく並ぶ方が楽になったのだろう。

タンパク質はアミノ酸が何十も連なった複雑な分子だ。例えば、生物の中でタンパク質が結晶になるようなことは、通常起こらないそうだ。

結晶化溶液の揮発成分で満たされた密室中のお皿に載るタンパク質溶液と結晶化溶液に何が起きているか、私にはわからない。しかし、ある特別な条件が揃うと、タンパク質は融けていられなくなり秩序正しく並び始める。そして融けていたときには影もかたちもなかったガチッと硬い塊が現れ、光にかざすとキラキラ光り始めるのである。

結晶化ロボットが撮影したタンパク質の結晶 「お皿」が画面いっぱいに写っている

研究者たちは、この様子をオンラインで観察する。わざわざ恒温槽の中を覗き込んだりしなくても、ロボットが定期的に結晶化プレートを取り出し、透明フィルム越しに顕微鏡で覗いて写真を撮ってくれる。撮った写真から、結晶ができているかどうかまで自動判別される。このパンデミックが起きるずっと前から、遠方にいる研究者も、構造生物学研究センターにタンパク質溶液を送り、結晶化溶液のセットを指定したら、あとは結晶が育つのをネットワーク越しに見守っていた。

とはいえ、結晶化ロボットの利用はスクリーニングのようなもので、ロボットが育てた結晶がそのままフォトンファクトリーに運ばれるとは限らない。ここでいい感触が得られたら、さらに細かく条件を変えてより良い結晶ができないか手作業での試行錯誤が行われることが多い。手作業の結晶化では、結晶化プレートの小部屋に結晶化溶液を入れ、タンパク質溶液と結晶化溶液を垂らしたカバーガラスをひっくり返して蓋にして密閉する。そして満足できる結晶ができるまで、ピペットを手にした研究者の試行錯誤は続く。

結晶化プレートの小部屋とお皿の複雑な構造は、手作業で行う結晶化作業をロボットが効率よく行うための、研究者の経験と知恵の結晶なのだ。

KEKの結晶化ロボットは2004年に稼働を始めた。そのころは、世界中の放射光施設で多くの自動結晶化システムが稼働していたが、いまそれらのシステムのほとんどは使われていないという。設備もその担当者も永遠に働き続けられるものではない、ということだ。そんな中、構造生物学研究センターの結晶化システムは高度化しながら使い続けられている珍しい例だ。少しずつ機械が入れ替えられ2004年当時の設備で今も残っているのは、インキュベーター1号機と2号機だけ。その1号機にもタッチパネルが付いていて、もちろん当時のままではないことが分かる。

高度化・自動化を続けているのは、結晶化システムのみにあらず。タンパク質関連だけでもたくさんある。タンパク質の構造解析手法も、結晶を取り付け回転させる回折計も、かすかな回折像を捉えるX線の検出器も、フォトンファクトリーのX線源だって進化を続けてきた。フォトンファクトリーは歴史ある施設だが、若返り術を繰り返しているため、中身は決して古くない。

関連ページ

結晶を育てるロボット ~ タンパク質結晶化システムが稼働 ~(News@KEK 2004/07/08)
物構研 構造生物学研究センター
YouTube 物構研チャンネル 物質構造科学研究所 構造生物学研究センター紹介

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