
今年のノーベル化学賞受賞が決まった北川進・京都大特別教授の業績は、内部に無数の小さな穴が規則的に並んだ材料「金属有機構造体(MOF)」の研究でした。MOFの穴に気体や液体の分子を取り込んで分離したりする研究です。
フォトンファクトリー(PF)で
MOFに関する研究はKEKの放射光実験施設、フォトンファクトリー(PF)でも行われています。
東京科学大学の河野正規教授はそうした研究に携わる研究者の一人です。北川特別教授は同じ分野の先輩として旧知の間柄で、受賞決定直後に北川さんにメールを送ったそうです。
北川特別教授の研究とは違い、河野教授の研究はMOFを化合物の構造決定に使う「結晶スポンジ法」という別のアプローチです。
PFのビームラインBL-5AやPF-ARで20年ほど実験してきており、その成果も踏まえてテクモフというスタートアップを立ち上げました。
「MOFの社会実装の可能性を証明しようとしている私たちにとって、北川先生の受賞はとてもうれしい。世界展開の弾みになります」と喜んでいます。
北川特別教授自身は放射光を使った実験を兵庫県のSPring-8で行っているそうですが、河野教授は「北川先生のお弟子さんはPFでも実験していますよ」と話しました。
実際、北川特別教授の研究室で学位を取得し、現在、名古屋大学に所属している松田亮太郎教授のグループはPFで実験をしています。
グループの井口弘章准教授によると、タンパク質の構造解析用のビームラインが、MOFの構造解析でも使えるようになり、利用者が増えているそうです。
井口准教授は「MOFの場合、小さな結晶しか作れないこともありますし、孔の中の溶媒が長時間の測定中に抜けてしまうと解析ができない場合もあります。こういう実験では、PFの高強度放射光はありがたいのです」と話します。
J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)で
北川特別教授の研究チームは、茨城県東海村のJ-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)で実験をしたこともあります。
北川特別教授らは「MOFにいろいろな機能を持たせたい」という狙いから、燃料電池への応用も視野にMOFの中での水素イオンの動きを見たいと考えていました。
物質中の水素の挙動を見るのは中性子ビームが最適です。北川特別教授らは実験計画を提案し、北川特別教授本人はMLFには来なかったものの、日本原子力研究開発機構(JAEA)中性子利用セクションの大原高志研究主幹と鬼柳亮嗣副主幹らと一緒にMLFのBL18千手で実験を行い、成果が2017年に論文にまとめられました。
大原研究主幹は「北川先生は実験を行った当時からノーベル賞候補と言われており、いつかは受賞されると思っていました」と話しました。
東京大学物性研究所の益田隆嗣教授も、中性子ビームを使ってMOFを研究しました。
益田教授は酸素分子が持つ磁気的に興味があります。酸素を冷やして液体や固体にして磁気的性質を調べる研究は長く行われていますが、益田教授はさまざまな気体を吸着するMOFの性質に興味を持ち、「酸素を吸着させたらどうなるだろう」と思って北川氏からMOFの資料を送ってもらい、共同研究を始めたそうです。
そのとき活躍したのが、日本原子力研究開発機構(JAEA)の研究用原子炉JRR-3に設置されている物性研の中性子共同利用装置PONTA。成果は2008年に北川氏らとの共著論文として発表されました。その後、同様の研究をJ-PARCのBL14 アマテラスでも行い、成果を2016年に発表しました。
MOFの中で酸素分子はペアを組み、さらに梯子(はしご)のように並ぶ構造を持つそうです。益田教授は「磁石としての酸素は、『とても柔らかい』という特徴があります。MOFに取り込まれた酸素に普通の磁性体とは違う何かがあるのかを明らかにしたいです」と話します。