単位と物理定数がテーマの公開講座を開催しました

講演1「計量単位の昨日、今日、あした~究極の基準を求めて~」

最初の講演者は、KEKと同じつくば市内の産業技術総合研究所(産総研)計量標準総合センターの臼田孝センター長です。「計量単位の昨日、今日、あした~究極の基準を求めて~」というタイトルで、計量単位の歴史と科学技術の進展を結びつけたものでした。

講演する産総研 計量標準総合センターの臼田孝センター長
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臼田さんが最初に見せたのは、古代エジプト人の死生観を表したという「死者の書」。死者の心臓と、当時の重さの基準とされた女神の羽根が左右の天秤(てんびん)の皿に載せられ、重さの比較がされている図柄です。生きている間に悪いことをした死者の心臓は邪(よこしま)な心が宿って重くなると信じられており、それを神の使いが裁くというのです。

片手に剣、もう片方の手には天秤を持っている正義の女神の像の写真も見せました。弁護士バッジの中央にも天秤が描かれています。これらの例からは、「量る」ことが法と正義の象徴と見なされていたこともわかります。

永遠に変わらない基準

「国や文化、そして時代が変わっても、私たちは『量る』ことに普遍的な価値観を持ってきました。基準となる羽根の重さが変わっていて『ごめん、この間死んだ人に対する判断は間違っていた』っていうわけにはいかないわけですよね。『永遠に変わらない』基準が必要とされていたわけです」

単位の統一を秦の始皇帝や豊臣秀吉が進めたことはよく知られています。「度量衡の統一というのは古くから統治手段でもありました。ルールとしてみんなが納得しないと、社会秩序が乱れてしまうのです」

現在、私たちが使っている単位系は国際単位(SI)と呼ばれ、基本単位として質量、長さ、時間、電流、温度(正確には熱力学的温度)、物質量、光度の七つが挙げられています。

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単位の数は減ってきた

「実は単位の数は減ってきたんです。昔は、光と電磁波が別物だと考えられていたのですが、実は同じものだとあとでわかりました。最終的に『大統一理論』のようなもので統一できたらもっと減っていくはずです。また昔は、油とお酒では単位の呼び方が違っていたりしましたが、科学的な知見から合理化されて減ってきました」

このように、科学の発展と単位は密接な関係にあるわけですが、一方で、人間社会との関わりも深いのが興味深いところです。例えば温度と光は、両方ともエネルギーで表現できるのですが、別々の基本単位になっています。臼田さんがその理由を説明します。

「さすがに『人間の体温を測るのにエネルギーっていうのはおかしいだろう』とか、人間は目からかなりの情報を得ているので、『それをエネルギーの単位で言われても照明業界は嬉しくない』とか。そういうことです」

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パリは燃えているか

そして臼田さんは、第二次世界大戦中の1940年、パリ陥落後もドイツ軍が侵攻しなかった場所を紹介しました。それはパリ近郊にある国際度量衡局(BIPM)です。国際度量衡局はメートル条約という単位に関する国際取り決めの元締に当たる機関で、それができるまでには長い歴史があります。

「単位の定義に立ち返ってみると、これまでいろいろな単位がありました。人間が社会生活を営むようになって最初の単位はおそらく体を基準にしたものだったでしょうね。何か物々交換する時に、『腕を広げた長さの分だけあげるから、お前は何かをくれ』。そんな風にものごとを定量化してきました。『フィート』は文字通り足の大きさですよね。それから古代エジプトの『キュビット』というのはファラオの上腕の長さでした」

「もう一つの単位の定義に使われたのは、身の回りにある何か大きさが揃ったものでした。例えば『インチ』というのは、諸説ありますが、大麦3粒分の長さだという説もあります。それからカラット。今でも宝石の質量を量る単位ですが、イナゴマメ(ギリシャ語でキャラティオン)の質量を基準にしている。要するに、身の回りにある自然物を基準にするというものもあったわけです」

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メートル条約の成立

こうしてそれぞれの文明、社会、業界で単位というのが生まれてきましたが、やはり業界や国で単位が違うのは不便ということで、国際化が始まったころに、単位を統一していこうということで成立したのがメートル条約でした。1875年のことです。

さて国際度量衡局には「キログラム原器」と呼ばれる分銅が厳重に保管されています。これは、1975年に成立したメートル条約に基づき、当時の最先端の技術を使って製作された分銅で、国際単位(SI)の質量の定義とされました。

しかし「物体」で単位を定義していると、万が一、その物体が破損したり、失われたりすると単位の根拠が失われてしまいます。

国際度量衡局には、キログラム原器のコピーが六つ保管され、20~30年に一度、キログラム原器と質量の比較が行われてきました。しかし、1億分の5グラムほどコピーたちの質量が増えているように見える結果が得られました。もしかしたらコピーたちの質量が変わらず、世界に1個しかないキログラム原器が質量を失いつつあるのかもしれません。逆に、大気中の不純物がくっついて、コピーたちの質量が増えた一方でキログラム原器はその影響がマシだったかもしれません。

「とにかく、質量が相対測定である以上、答えは誰にもわからないのですね。『これが原因じゃないか』っていうのはいくつかあるのですが、それを確かめようとすると、表面を削って分析したりしなきゃいけない。それはもう身も蓋もない話です。つまり、今日のナノテク社会において、質量の定義は、信頼を置けないぐらい危ういものになっているということです。1990年ごろから、私たちはこのことを現実として受け止めなければならなくなりました」

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普遍的な物理定数での定義へ

そこで世界の機関が協力して、物体による質量の定義から普遍的な物理定数による定義への移行が検討されました。「ちょうどそのころ、原子間力顕微鏡(物体の原子と原子の間に働く原子間力(引力と斥力)を利用して物体の性質を調べる顕微鏡)など原子を扱う技術を私たちが持つようになりました。例えば炭素原子C12をアボガドロ数(6.02×10の23乗)個集めれば、大体12グラムになるわけですよね。

なので、『ある物質を純粋に生成して、原子1個1個をカウントして集めれば、質量の定義の代替ができるのではないか』というアイデアが生まれました」実際に何をやったかというと、半導体技術によって完全な結晶を作れるようになってきたシリコン(ケイ素)で直径約94ミリの球を作りました。完全な球であれば、直径だけで球の体積は決まり、その中に原子がいくつあるかは、原子1個が占める体積がわかるとわかります。

これを1キログラムの分銅と天秤で比較して1キログラムに占めるシリコンの原子数を正確に決めます。一方でプラスとマイナスの電気が引き合う電磁気力の測定が正確にできるようになってきたので、1キログラムの分銅とやはり天秤を使って比較します。そうすると1キログラムに相当する電磁気力を発生する電流を正確に決めます。

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KEKフォトンファクトリーも貢献

それらを組み合わせることで、「原器」という物体ではなく普遍的な物理定数によるキログラム定義が可能になりました。具体的には、プランク定数という量子力学的な物理定数の値を決めることで質量を決めることができるようになったのです。このプロジェクトは国際協力で行われ、日本も協力しました。臼田さんの所属する産総研では球の体積を正確に測りました。しかし球の中にあるシリコン原子の数を正確に出すためには、結晶が完全かどうかが問題になります。その評価でKEKの放射光実験施設フォトンファクトリーも貢献しています。

シリコン球の実験前、装置の温度上昇を避けるため暗がりの中で作業するKEKの研究者たち

「シリコンの球を作るとき、丸く削るので切り粉が出ます。その切り粉をフォトンファクトリーに持ってきて放射光(X線)を当てます。それで放射光の干渉(波同士が強め合ったり弱め合ったりする現象)を見て同じ間隔でこの信号強度が出てくるか、すなわち同じ間隔で結晶が並んでいるかをチェックしていただきました。その結果、『これなら大丈夫だろう』ということで最終的に定義が変わり、2019年からはキログラムはプランク定数で決められることになりました」

臼田さんは「単位の歴史に自然物による定義という話があったわけですが、ここに来て基礎物理定数という究極の自然物が基準になったということになります。この基礎物理定数とはどういうものかは、この後の松原先生の話で出てくるでしょう」と話して講演を終えました。

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講演者の臼田孝 産総研センター長への質問と回答

質問1:「絶対的基準というのはない」ということでしょうか?

 回答1:光の速さやプランク定数のような物理定数は、不変で絶対的基準とみなしてよいでしょう。ただし、本当にそうなのかは現在も検証が続いています。常に懐疑的に検証することで、より強固な真実に近づく営みそのものが科学と言えるのではないでしょうか。このあたりの取り組みはよろしければ拙著「宇宙を支配する定数」講談社ブルーバックス・ISBN 978-4-06-527329-6の第10章「物理定数は不変か」を参照ください。(立ち読みで結構です!)

質問2:6台のキログラム原器の重量が増えているとのことですが、これらの原器は真空中に置かれているのではないでしょうか?ガスの吸着による重量増加なのかな?と感じました。重力加速度は場所によって異なるので実際の質量はその違いを補正しているのでしょうか?

 回答2:キログラム原器が作成された当時、十分な真空環境を作ることはできず、乾燥した空気中、という条件でしか保存環境を規定することはできませんでした。また、真空中ではかえって油脂なども蒸発しやすいため表面を汚染する原因となります(現在の真空技術ではそのようなことはありません)。
ご指摘のように、質量の変動にはガスなどの表面吸着も関係していると思われます。これは当時から予測されたことで、講演でも紹介しましたが、その影響を少しでも軽減するために表面積が最も小さくなるよう原器円柱の高さと直径比を決めました。なお、今日でも保存環境は常圧の空気中としています。これは保存環境を変えることで予期せぬ質量変動が起きるのを防ぐためです。
次に重力加速度ですが、2つの分銅を比較する、「両ざら天びん」では双方に同じ重力加速度が掛かるので補正の必要はありません。体重計やキッチンスケールのようなはかりでは重力加速度の影響を受けます。精密なはかりでは、その影響を補正するようにしています。

質問3:h(プランク定数)の現示方法がよくわかりませんでした。また現在は「hKSA単位系」ということでしょうか?

 回答3:プランク定数から質量を現示する方法が判らなかったということですね。説明が判りにくくてすみませんでした。まず、アインシュタインの特殊相対性理論により、E=mc2という、エネルギーと質量の等価式が得られています(Eはエネルギー、mは質量、cは光の速さ。光の速さは物理定数で厳密に定まっている)。プランク定数はエネルギー量子と言われ、光(光子)や電気(電子)がエネルギーを授受する際にどれだけのエネルギーが得られるか・失われるかの物理定数です。例えば電磁石に電流を流したとき、重力に逆らってある質量を維持するエネルギーはプランク定数と流れる電流値から正確に求められ、この時の質量を現示することができます。
またレーザーのような波長の揃った光から現示することもできます。よろしければ拙著「新しい1キログラムの測り方」講談社ブルーバックス・ISBN 978-4-06-502056-2、199ページ「キログラムの新定義」を参照ください。
なお、現在は国際単位系が正しい言い方です。これはメートル、キログラム、秒、アンペア、(以上MKSAに相当)とケルビン、カンデラ、モルの7単位を基本とする体系です。
拙著「新しい1キログラムの測り方」講談社ブルーバックス・ISBN 978-4-06-502056-2、第5章「メートル法から国際単位系へ・あらゆるものを測定対象に」を参照ください。(立ち読みで結構です!)

質問4:キログラム原器は用なしになったのですか?

 回答4:キログラム原器は非常に安定性の優れた分銅として、現在も質量の信頼性維持を支えています。よろしければ拙著「新しい1キログラムの測り方」講談社ブルーバックス・ISBN 978-4-06-502056-2、211ページ「質量の新定義による影響」を参照ください。(立ち読みで結構です!)

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講演2「なぜか宇宙はちょうどいい」

続いてKEK素粒子原子核研究所理論センターの松原隆彦教授が「なぜか宇宙はちょうどいい」というタイトルで講演しました。松原さんは宇宙論が専門です。

講演するKEKの松原隆彦教授
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「宇宙論は数十年ぐらい前まではかなり大ざっぱな学問で、数字は『桁が合えばいい』みたいなものでした。理論が1で実験が5だったらこれは正しいが、理論が1で実験が1万だったらちょっとずれている――そんな分野でした。しかし今は、もう何桁も調べられる方向にどんどん進んでいます。大ざっぱだった宇宙論が、ものすごく精密な測定と徐々に結びついてきて、どうもこの宇宙は随分奇妙な場所だということがわかってきました」

そして松原さんは「物理法則って一体なんだろうか」と問います。

「最初は物理法則がよくわかっていなかったので、世の中は非常にランダムで、一歩先は何が起こるかわからないということでしたが、明らかにこの世界はでたらめに動いているわけではなく、全く予言不可能というわけでもないことがわかってきます。そしてうまく予言できるものを探してきたのです。それが物理法則です」

結構規則的に動いている天体の動きと、地球で物を落とすと下に落ちることを結びつけたのがニュートンでした。物理法則の一つ、ニュートンの万有引力の法則は

(力)=(比例定数G)×(物体1の質量)×(物体2の質量)/(物体間の距離の2乗)

で表されます。

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実験しないと決められない

「しかし、この比例定数Gの値は実験しないとわからないです。理論的にこうあるべきだっていう議論もいまだにありません。実験でしか決められないこのような数字(パラメータ)が、物理法則にはいろいろあります。数え方にもよりますが、実験しないと決められない数値が現在、少なくとも40個あります」

松原さんはそれらのパラメータを並べた図を示しました。パラメータは物理定数と呼ばれることもあります。

松原さんの講演資料から

「これら全部が理論的に決まりません。決めたいという人はいますが、今のところ決まりません。理論的には自由に動かせて、測るしかないのです。実は、これらの値がちょっとでも変わると、この宇宙は大きく変わります。さらに『私たちはこの宇宙に生まれませんでした』という結論になります」

「私たちはこの宇宙に生まれなかった」とはどういうことでしょうか。その説明のために松原さんが最初に取りあげたのは電子が持つ電気の量(電荷)でした。

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ほとんどすべてが電気の力

「電気というのは電子が動いていることですね。コンセントから私たちがエネルギーを取り出せるのは、電子が導線の中を動いているということです。その電気の強さは、電子の電荷で決まります。その値は『電気素量』と呼ばれるパラメータで、その値を増やせば増やすほど、電気の力も増えてきます」

「『電気の力』と言われると、静電気とか『掃除機を動かす力』とかを思い浮かべるかもしれませんが、実は私たちが知っている力のほぼ全ては電気の力です。『力っていろいろな種類があるじゃないか』と思われるかもしれませんね。バネの力や摩擦力とか筋肉の力とか。でもミクロに見ていくと、結局は原子のプラスと電子のマイナスが引き合ったり、電子のマイナスとマイナスが反発し合ったりする力、すなわち電気の力なのです」

「私たちの体の細胞やDNAの働きも、すべては電子と原子核、あるいは電子同士、原子核同士の反発力や引力の働きによるのです。突き詰めると、私たちの命を動かしているのは全部電気の力です。この電気の力はすごく重要で、この力の加減をちょっとでも変えると、DNAやタンパク質など生命の複雑な動きが全部ひっくり返されます。分子の形が、私たち生命に関わる複雑な現象を全て支えており、分子の形はすべて電気の力で決められているのです」

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氷が水に浮かなかったら

その例として、松原さんは私たちにとても身近な物質である水を挙げました。水は通常の物質と違い、冷えて固体になると軽くなります。その結果、氷は水に浮きます。

「このことは生命にとって非常に重要です。池は冬になると上から凍っていきますよね。いくら寒くなっても上側が熱をあまり通さないので、水の中は凍らずに液体でいられます。もし下から凍っていくと生命は生きられません。食べ物がなくなってしまいます」

「ものが固体になると体積は縮むはずですが、水だけがそうなっていません。なぜかというと、実は水分子の形が真っすぐではなく、水素と酸素、水素が『く』の字に曲がっているからです。その角度が104.5度。この角度が非常に重要で、水が凍ると六角形で結晶になります。六角形の内部に空間ができます。それで体積が増えて軽くなります」

「この重要な性質は、実は電気素量で決まっています。そしてこれがちょっと変わると私たちは生きていられません。水は比熱や表面張力がとても大きいという特徴もあります。私たちの体はほとんど水でできており、挙げきれないほど大きな影響が起きます。電気素量の値は理論的に決まっていないけど、その値でないと私たちもこの宇宙に存在していないだろうということです」

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「弱い力」の微妙なバランス

電気の力の次に松原さんが話したのは、「弱い力」でした。日常生活にはあまり出て来ない力で、文字通りとても弱いのですが、たまに原子核の中で粒子の種類を変えたりする力です。この力の具合がやはり違うと、私たちは存在できないというのです。

「陽子と中性子は弱い力を通じて行ったり来たりできます。初期の宇宙は非常に高温なので、陽子と中性子が自由に行ったり来たりして数は一緒になります。数が一緒だと、陽子2個と中性子2個が結びついてヘリウム4になります。つまり宇宙は全てヘリウム4だけになります」

「ところが温度が下がってくると不均衡が生じます。この不均衡は、陽子と中性子の質量にほんの少しの差があり、その差が弱い力の大きさとなぜか微妙にバランスしていることで起きます。その結果として、中性子の数のほうが少なくなり、余った陽子は水素になります。その不均衡がちょうどよかったのです。水素がなければ水もありません。水がなければ私たちも生まれません」

「また生命をつくっている炭素や酸素は宇宙空間ではできず、星の中でしかできません。そしてそれらを外にばらまいてくれるのが超新星爆発なのですが、最近は、弱い力が強すぎると、超新星爆発は起きないと考えられています。生命にあふれたこの世界は、弱い力が『ちょうどいい』おかげなのですね」

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科学では解明できないこと

「この宇宙は私たちをなぜ誕生させたのか」という疑問に対する回答は、「パラメータの値がちょうどよかったから」となりますが、その理由は科学では解明できません。

「実は宇宙はたくさんあって、生命ができない宇宙がほとんどだけど、一個ぐらい生命ができるような宇宙があってもいいという考えがあります。今の物理定数のセットがある『ちょうどいい宇宙』があってもおかしくない。1の後ろに0を500個ぐらい続けて書いたような数の宇宙があればいいんじゃないか、という話があります」

「私たちの宇宙の他に宇宙があるとすると『どうやって確かめるのか』という話になります。観測する手段が出て来ない限りは。『宇宙がたくさんがある』といっておしまいにするのは非常に自己満足的な感じもします」

松原さんが触れた「宇宙はたくさんある」という話は、いわゆるマルチバース仮説です。会場からは「物理は観測できることを前提としていると思う。マルチバースを観測できないとすると、物理ではないのではないか」という質問も出ました。

松原さんは「マルチバースの考えは苦し紛れの説であって、物理は観測してかつ予言して、予言したものが観測で見つかって初めて物理といえます。私も『観測できないことを考えたらおもしろい』と思う一方で、理論計算をして『実験で見つからなかったら理論が違う、見つかったら理論は正しい』という矜持 (きょうじ)は持っておきたいと思います」と答えました。

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講演者の松原隆彦 KEK教授への質問と回答

質問1:パラメータの値が重要なのですか?

 回答1:そうです。

質問2:多次元空白はあるのでしょうか?

 回答1:「空白」は「空間」のことでしょうか。理論的な仮説としてはあり得ますが、実験や観測の結果としてはいまのところその兆候はありません。

質問3:弱い力の強さを表すフェルミ定数や電気素量は、実際にどれくらい変化可能なのでしょうか?

 回答3:フェルミ定数の影響は少なくとも初期宇宙に関しては桁が変われば人間が生まれませんが、数%変わった程度では影響ありません。しかし超新星爆発などへの影響についてはまだわかっていないことも多いです。電気素量については数%の違いで水の性質だけでなく原子核の安定性や星の形成過程などあらゆる場所に影響を及ぼしてしまい、人間の存在しない宇宙になってしまうと見積もられています。

質問4:フェルミ定数の数字がどのくらいになったら弱いというのでしょうか?

 回答4:回答3を参照してください。

質問5:「ちょうどいい」は人間原理の正しさを示しているのでは?

 回答5:そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。人間原理は通常の科学的議論によっては正しい、正しくない、という判断のつかない領域なので、これについてはそういう考え方もあるし、そうでない考え方もある、ということを紹介するにとどめます。

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