次世代がん治療BNCT、KEKは加速器技術で貢献

未だ治療法が確立していない難治性の悪性脳腫瘍に対して、世界初のアプローチとして、加速器を利用したホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy; BNCT)による治験が 筑波大学において開始されました。KEKの加速器研究施設は、この治療装置の主要な部分である陽子線形加速器の開発や性能向上に貢献しています。

BNCTとはホウ素(ホウ素10)※という高い中性子吸収能力を持つ物質を含むホウ素薬剤と低エネルギーの中性子ビームを利用する極めてユニークながん治療のひとつです。ホウ素薬剤はがん細胞に選択的に取り込まれるという性質があり、がん患者に投与したホウ素薬剤ががん細胞に集積した状態で患部に中性子を照射します。

(※ホウ素は陽子を5個持ちますが、自然界に安定して存在するものとしては中性子5個もしくは6個からなるホウ素10とホウ素11があります。このうちホウ素10は存在比率として20%で高くありませんが、低エネルギーの中性子を非常に高い確率で吸収する物質として知られており、原子炉における中性子制御、遮蔽材などにも利用されています。BNCTでも、高濃度化されたホウ素10を薬剤に利用しています)

中性子がホウ素と反応すると、ホウ素は中性子を吸収した後で、アルファ線(ヘリウム原子核)とリチウム原子核(リチウム7)に分裂して飛び出します。その際にアルファ線とリチウム原子核が持つエネルギーでがん細胞を壊して 死滅させます。

発生した二つの粒子が飛ぶ距離が短く、 がん細胞の外側にある正常細胞をほとんど傷つけることなく、がん細胞のみを壊すことができます。電荷をもった粒子(ここではヘリウム原子核やリチウム原子核)ががん細胞を壊すというのは、陽子線治療や重粒子線治療と同じ原理ですが、BNCTではそれらをがん細胞内で生成し、がんを破壊するといった細胞レベルの治療であること が特徴です。正常細胞にがん細胞が混在し、手術でがん細胞を取り切るのが難しい浸潤がんや多発性がんなどに対して特に有効です。

BNCTの機序

BNCTに必要な中性子を生成する手法として、以前は原子炉を利用していましたが、原子炉では新規の建設や継続的な管理運用が難しいことや治療を行える患者さんの人数が限られることから、昨今は加速した陽子を物質(原子核)に衝突させ、原子核から放出される中性子を利用する加速器ベースが主流となっています。

BNCTでは使用するホウ素薬剤ががん細胞内に必要な濃度を持続できる時間が限られている為、短時間で大量の中性子を発生する必要があります。大量の中性子を得るためには、その生成に必要な大量の加速した陽子が必要となり、KEKはこれまで本プロジェクトでこの大量の陽子を発生させる陽子線形加速器の研究開発に携わっており、この度治験を開始させるのに必要な中性子の強度を安定して供給する加速器開発に成功し、治験を開始することができました。

今回の医師主導治験は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の橋渡し研究プログラム事業として実施しています。

下の写真がプロジェクト当初の陽子線形加速器の一部であり、陽子ビームは右から左へと加速されていきます。右側の銅色の加速器が高周波四重極線形加速器(Radio Frequency Quadrupole Linac; RFQ)と呼ばれる加速器であり、イオン源で生成されたエネルギー50 keV(keVはエネルギーの単位「電子ボルト」の1000倍で、50keVは光速の約1%)の陽子ビームを3 MeV(MeVは電子ボルトの100万倍、3MeVは光速の約8%) まで加速します。

RFQの後ろにある左側の水色の加速器はドリフトチューブ線形加速器(Drift Tube Linac; DTL)と呼ばれる加速器で、DTLで陽子ビームを8 MeV(光速の約13%)まで加速します。どちらの加速器も加速空洞内に供給された高周波電場により陽子を加速します。

この陽子線形加速器はKEKが日本原子力研究開発機構と共同で運営しているJ-PARCの加速器をベースに開発したもので、J-PARCの線形加速器の最上流部分に相当します。装置の放射化を抑え、医療従事者の被曝(ひばく)も減らす観点からエネルギーは8 MeVと高くはありませんが、BNCTに必要な中性子を得るためにJ-PARCの線形加速器より数倍の強度の陽子を加速します。

BNCTは、日本ではサイクロトロンを用いた方式で既に保険診療が開始されています。サイクロトロンはイオンなどを加速する円形の加速器です。 サイクロトロン方式以外にも直線型加速器や静電型加速器の方式の治療装置が開発されています。我々のグループは直線型加速器の方式を採用しました。

(筑波大学提供)

医療用の加速器ではいかに安定して運転するということが極めて重要である一方、陽子ビームの強度を上げるに伴い、加速器を安定して運転することに対してさまざまな困難が生じてきました。

とりわけRFQでは空洞内部で放電と言われる現象が発生し、その度に供給している高周波を停止する必要があり、時にはビーム運転を再開するまで数十分程度かかる場合がありました。そのような状況では治療に影響が出るため、KEKでは安定運転を実現するためこれまでさまざまな対策を行ってきました。

真空システムの増強によりRFQ内部の圧力を下げ、そのことで放電の頻度を減らすことや、 高強度化による熱負荷の増大に対して冷却水システムの冷却能力を向上させ可能な限り空洞温度を一定に保つなど、加速器の性能の向上に努めてきました。下の写真がさまざまな対策を施した後の現在のRFQです。RFQ本体は増設した多くの真空配管や冷却水配管で覆われています。

また高周波のフィードバックシステムなど、J-PARCで培われた開発・運用経験を本プロジェクトに生かすことによって、最終的に医療機器に必要とされる十分な中性子強度と安定性を達成し、この加速器を搭載した医療機器を用いたBNCTの治験が筑波大学において開始されました。

今後、さらに装置の開発、高性能化を行って陽子の強度を上げることにより、作られる中性子強度を更に向上することができれば、将来的には治療時間の短縮による患者への負担の軽減にも貢献できると考えます。

KEK加速器研究施設の方志高教授は「KEKでは開始した治験において安定してビームを供給するとともに、将来の大強度化へ向けて研究開発を並行して進めて行く予定です」と話します。

難治性脳腫瘍(初発膠芽腫)に対する加速器を使った 次世代治療BNCTの医師主導治験を開始

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