KEK公開講座のアンケートの質問にお答えします

6/3(土)に開催した公開講座「クライオ電子顕微鏡で分子と生命をつなぐ」に出席された方から寄せられた、アンケートの質問に対する講演者の回答を掲載します。

千田俊哉教授に対する質問

タンパク質のどの部分が反応する所なのかはどのようにして調べるのでしょうか?

幾つかの方法がありますが、基本的には色々な方法で当たりを付けて(ここでは深く立ち入りませんが分子進化やこれまでの研究を参照します)、大事と思われるアミノ酸を遺伝子操作によって別のアミノ酸に変えた時に、タンパク質の働きがどう変わるかを調べて大事な場所(反応するところ)を調べます。大事なアミノ酸を別のアミノ酸に置換してしまうと、タンパク質の働きが失われることが多いのです。通常、大事なアミノ酸は複数個ありますが、それらのアミノ酸をタンパク質の立体構造に照らし合わせてみると、比較的狭い領域に集まってくることが多いです。そのため、その大切なアミノ酸が集まっている場所が、そのタンパク質が他の分子と反応する場所であることがわかります。

今後の構造の研究に関してAIの発展が影響を及ぼすのはどのような分野だとお考えでしょうか?

すでに大きな影響を及ぼしています。タンパク質の立体構造をX線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡の実験をせずに予測する分野では、既にAIが大活躍しています。それ以外にも、これまで人間が「匠の技」的な技術で行っていた実験を自動化するときに、AIが大事な働きをすると考えられています。

大腸菌に作れてヒトには作れないタンパク質はありますか?

ヒトに作れて大腸菌に作れないものはたくさんあります。特に分子量の大きなタンパク質などは、一般的に大腸菌は作るのが苦手とされています。

自然界にはない構造のタンパク質をつくりだして、細胞内で機能させる実験はありますか?

現在、全く新しいタンパク質をゼロからデザインするような実験が少しずつ行われるようになりました。全く新しい人工タンパク質を設計して、試験管内で思い通りに働くかどうかを確かめるような実験です。まだまだ、本当の意味で思い通りに設計することは難しいのですが、少しずつ成功例が報告されつつあるのが現状です。

一方で、全く新しくゼロからデザインしたタンパク質ではありませんが、細胞内にあるタンパク質に対して自然界に存在しない変異体(元々のタンパク質を遺伝子操作によって変化させたもの)を作り、それを細胞内で働かせてタンパク質機能と細胞機能の関係を調べる実験は、頻繁に行われています。

タンパク質のリボン図はよく目にしますが、分子モデルで考えれば何もない空間にリボンモデルが浮いているのではなく、例えば水分子が接しているのではと思います。その水分子は、タンパク質分子に何も影響しないのでしょうか?

水分子はタンパク質が構造を正常に保ったり、タンパク質が機能したりするのにとても大切です。講義では水分子を表示すると図がゴチャゴチャしてわかりにくいのでリボンの部分(=タンパク質の部分)のみ示しましたが、構造解析をすると実際にはタンパク質の周囲にある水分子も見えてきます。ですから実際のデータには水分子も多く含まれています。

何をやっても結晶化できないタンパク質はどれくらいありますか?

たくさんあります。その一部は、結晶化が必要ないクライオ電子顕微鏡で構造解析されます。ただ、どうやっても実験的に構造決定できないタンパク質もあるかもしれません。

タンパク質を、くわしく調べることで、生命体の動きや反応がわかるのがすばらしい。
メタボ改善もできるのかなあ。太りやすい人とかを簡単にやせられるようにできるのでしょうかね。でも、このコントロールを良心的に使わないと大変なことになりますね。

※一部質問内容を変更しました。

我々の研究もメタボ改善などにつながる可能性があるかもしれません。同時に、どのようにライフサイエンスの技術を医学等に応用するかは大切な問題です。革新的な技術はこれまで不可能だったことを可能にしてしまうので、新しい技術をどのように使うべきか、問題になることもしばしばあります。そうなると倫理問題を含めて研究者の守るべきルールが定められるのが通例です。私達は、その決まりに従って実験をすることになります。ですから、やればできる(かもしれない)からと言って、なんでもやって良いというわけではないのです。

稲葉理美研究員に対する質問

得られたタンパク質の構造を公開することでメリットはありますか?

得られたタンパク質構造を公開し皆で共有することで、ライフサイエンス分野は大きく発展しました。タンパク質の立体構造情報だけでなく遺伝子の配列情報も基本的には全て公開されています。ライフサイエンス分野では、このような国際的な公共データベースが非常に充実しており、それこそが昨今のライフサイエンスの大きな発展と関係があります。得られたデータを皆で共有することは、サイエンスを進める上で非常に大切なことです。これらのデータを企業も使えるようにすることで、関連分野の研究成果が製品化されることも進みます。

クライオ顕微鏡について知ることができておもしろかったです。1点、素人質問なのですが、タンパク質は熱に弱く変性するとのことなのですが、-196℃下で変性してしまうことはないのでしょうか?

低温変性という現象があることは知られています。ただし、クライオ電顕のサンプル(グリッド)を作る場合は急速に凍結してしまうので、そのようなことは起こりにくいと考えられます。

液体窒素ではなく液体エタンでやるのに不都合はありますか。また、CやO、Sの位置はわかりますか?

液体エタンを使うのは、液体窒素では瞬間的に凍らすことが難しいためです。ですから、液体エタンを使うことに不都合はありません。
C、O、Sなどの位置はわかりますなどの位置はわかります。ただし、それはタンパク質中にどのようなアミノ酸が、どのような順番で並んでいるかがわかっているためです。実験的に得られた電顕マップ(分子中の原子位置を表す3次元の等高線図)のみからでは通常は困難です。要するに、電顕マップに生化学的な情報を足して使うことでそのような原子の位置がわかるのです。

クライオ電顕で構造を決めた後にどのような実験につながるものか教えてほしい。

構造を決定した後は、多くの場合、そのタンパク質の働きに大切なのはどの部分であるのかを調べることになります。立体構造的に、どの部分がタンパク質の機能にとって大切なのかがわかれば、合理的にタンパク質の働きを止めてしまうような低分子化合物を設計することも可能になります。このようにして得られた化合物のうち、一部は創薬につながるとしてさらに研究が進められることもあります。
また、構造情報をもとにタンパク質の機能を設計することもできるので、複雑な細胞内でタンパク質がどのような働きをしているかを、調べることも可能になります。

一言で言えば、立体構造に基づいてタンパク質の機能を制御し、化学や生物の実験に役だてることになります。

DNA分子観察のように、DNA上をポリメラーゼが移動していく様子もクライオ電顕で見ることはできますでしょうか?

クライオ電顕ではサンプルを凍らせて観察をするので、実際に動いている場面を見ることはできません(凍らせるとタンパク質の動きは止まってしまいます)。ただし、色々な状態でサンプルを瞬間凍結することで、動いている瞬間瞬間のスナップショットを解析し、それらをパラパラ漫画のようにつなぎ合わせて、擬似的なムービーをつくることはできるはずですし、そのような結果も得られ始めています。

クライオ電顕が一番力を発揮するのは薬の開発や病原の理解でしょうか?

それらも活躍の場ですが、通常のライフサイエンスの発展にも同様に力を発揮しています。実際にはライフサイエンスの発展と薬の開発や疾病の理解は表裏一体で、切り離すことはできないのです。また、ライフサイエンス以外にも、材料系などの化学・物理分野でもクライオ電顕は広く使われています。

2次→3次は、すごい計算ですね。どの方向から見たかわからないものを推測しているのに、フロント、サイト、トップか、わかるなんてすごいです。
私は少し角度を変えた画像もためて構築するのかと考えていました。プロジェクトマッチング法の第1番目の形をどう決めたかはかなり重要かと思います。全方向、平均的に画像がとれたかが不明なので、とれてない方向も分子(粒子)形状ではでてくるのでは?

3次元構造を計算するのはとても大変な(膨大な)計算です。少しずつ角度を変えて解析する方法もあります。もちろん、計算をうまくやらないと正しい結果はでてきませんので、そのあたりが解析者の腕の見せどころでもあります。

ご指摘のように取れていない方向(情報が得られていない方向)があると、正確な結果にはなりませんが、これは試料(グリッド)を作るときの条件に大きく依存します。ですから、クライオ電顕ではX線結晶構造解析法のように結晶化は必要ないのですが、よくできたグリッド(分子が色々な向きで凍っている状態のもの)を作るのが実験成功の肝になってきます。そのための技術開発も盛んに行われています。

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