加速器科学研究奨励会の奨励賞にKEKから7人

授与式に臨む和田道治氏(中央)と宮武宇也氏(右)
(写真提供:高エネルギー加速器科学研究奨励会)

公益財団法人高エネルギー加速器科学研究奨励会(代表理事 幅淳二=高エネルギー加速器研究機構理事)は毎年、加速器や加速器の利用に関する研究で特に優れた業績をおさめた研究者・技術者に授与する奨励賞を発表しています。2022年度の受賞者が決まり、KEKからは計7人が受賞しました。

【西川賞】金やウランなどの起源に迫る装置の設計・建設・運転

高エネルギー加速器並びに加速器利用に関する実験装置の研究において独創性に優れ、国際的にも評価の高い業績をあげた研究者や技術者が対象の「西川賞」は、KEK素粒子原子核研究所和光原子核科学センターの和田道治センター長と宮武宇也名誉教授のグループと、KEK物質構造科学研究所の西村昇一郎特別助教、神田聡太郎助教、下村浩一郎教授らのグループに授与されました。

和田センター長と宮武名誉教授のグループは理化学研究所和光キャンパス内にある同センターに、元素選択型質量分離器(KISS)を設計・建設し、金、白金、ウラン、トリウムなどの重元素がどのような天体で生成されるかを解明する研究に取り組んでいます。KISSは自然界に存在する安定な原子核より多くの中性子を持つ短寿命核(短時間で自然に崩壊し別の原子核に変わる原子核)を生成し、レーザーを用いて分離する装置で、末端部の検出器では選出された短寿命核の寿命や崩壊の様子を測定します。さらに、KISSには多重反射型飛行時間測定式質量分光器(MRTOF-MS)を備えています。MRTOF-MSは多種の原子核の質量を同時に高能率で測定できる装置です。和田センター長と宮武名誉教授らのプロジェクトは、MRTOF-MSを用いて10ミリ秒程度の短い時間で短寿命原子核の質量を100万分の1以上の高分解能で網羅的に測定することに成功し、短寿命核の系統的な精密核分光研究が初めて可能となりました。同プロジェクトは、宇宙における金、白金、ウラン、トリウムなどの重元素合成の謎に迫る研究に新たな道を切り拓くことが期待されています。これらの装置はまた、可搬性にも優れており実験によって移動させることが可能なため、超重元素領域での原子質量測定でも威力を発揮しています。

和田センター長と宮武名誉教授のコメント

私たちがKISSを始めた頃は、多核子移行反応(加速した原子核を標的に照射した際に、入射した原子核と標的の原子核を構成する陽子や中性子が交換される反応)という難しい手法を使うため実現性に懐疑的な声も多かったです。和光原子核科学センターの鄭、渡邉、平山らの努力によってレーザーによる元素選択方式が実を結び、世界で唯一の高融点元素の中性子過剰な同位体を実験に供する施設となったことは感慨深いです。和田が加盟後、MRTOFという新しい質量分光器を武器に短寿命核の網羅的質量測定が進んでいます。さらにKISSとMRTOFを組み合わせて、KISSの性能を1万倍にする新方式の考案に至り、それを用いて人類未踏のウランの起源の解明に向かいたいと思っています。

元素選択型質量分離器(KISS)の概略図

【西川賞】ミュオン質量の高精度測定そして標準模型の検証

西村昇一郎特別助教、神田聡太郎助教、下村浩一郎教授らのグループは「ラビ振動分光」と呼ばれる新しい手法を開発し、実証しました。原子分光は構成粒子の精密な情報を得るための有力な手段です。通常は照射する光や電磁波の周波数を変化させながら、共鳴のピークを探すのが一般的ですが、途中で電磁波のパワーなどの条件が変動すると精度は悪化してしまいます。これに対して研究グループでは、周波数を固定したままでラビ振動と呼ばれる現象を観測することで、その問題を解決しようと試みました。ラビ振動は、共鳴の中心周波数からのずれ(離調)とパワーに応じて振動の様子が変化する現象であり、その存在自体は知られていましたが、原子分光に応用した例はありませんでした。研究グループはJ-PARCにおいてµ+粒子と電子からなるミュオニウム原子を生成し、そのラビ振動を観察、それをシミュレーションと比較することによって、共鳴周波数を正確に導き、従来の精度を1桁凌駕する結果が得られることを示しました。これにより、素粒子ミュオンの質量を高精度で決定して、量子電磁力学(QED)をはじめとする素粒子物理学の標準模型を検証することが期待されています。

本成果は、世界をリードする成果であるとともに、今後J-PARCの性能が増強された暁にはミュオン利用にさらなる発展が期待できる成果です。以上のことから本業績は西川賞にふさわしい研究であると判断されました。

研究グループメンバー。左から田中香津生(早稲田大学)、鳥居寛之(東京大学)、西村昇一郎、下村 浩一郎、神田聡太郎の各氏 。
(写真提供:鳥居氏)

西村昇一郎特別助教のコメント

この研究を始めた当時はまだ博士課程の学生で、卒業のため博士論文を書き上げるために一心不乱で研究を進めていました。その研究がもとになり、今回大変栄誉ある西川賞を頂戴し恐悦至極でございます。今回開発したラビ振動分光は産声を上げたばかりでまだまだ応用の可能性を残しており、さらにミュオニウムの性質を測る手法に磨きをかけ、精密測定の精度を向上させつつ、他の系への応用を広げていきたいと考えています。最後に、研究を進める上でお世話になった共同研究者の方々に深く感謝申し上げます。

【諏訪賞】物質と放射線との反応シミュレーションの開発・運用

加速器科学の発展上、長期にわたる貢献など特に顕著な業績があったと認められる研究者・技術者・研究グループが対象の諏訪賞はGeant4日本グループに授与されました。このグループにはKEK共通基盤研究施設 計算科学センターから佐々木節教授、村上晃一准教授、岡田勝吾助教、尼子勝哉研究員が参加しており、今回は佐々木教授、村上准教授が授与式に参加しました。

Geant4は粒子と物質の相互作用をシミュレーションするためのソフトウェアです。高エネルギー・原子核実験のみならず、医療や宇宙分野での放射線シミュレーションにも幅広く利用されています。本受賞では、Geant4開発初期からの日本グループの貢献と同時に、その後の普及と保守のための国際的な枠組み作りの活動が評価されました。また、高エネルギー実験のみならず、放射線治療などの医学応用分野への応用拡大での業績が評価されました。

研究グループメンバー 左から藏重久弥(神戸大学)、村上晃一、浅井慎(Thomas Jefferson研究所)、佐々木節の各氏
(写真提供:高エネルギー加速器科学研究奨励会)

村上晃一准教授のコメント

この度は、Geant4日本グループを代表して、このような名誉ある賞を受賞することができ、大変嬉しく思います。今後もGeant4の研究開発を通して、放射線シミュレーション技術の発展に貢献していければと思います。

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