フォトンファクトリーアドバンストリング(PF-AR)南実験棟に建設された測定器開発テストビームラインで、3月3日初めてのビーム取り出しに成功しました。
測定器開発テストビームラインとは、素粒子原子核物理の実験に用いる測定器が正しく作動するかを試すための、エネルギーの高い電子ビームが出る実験エリアです。
PF-ARは、もともと日本初の本格的な衝突型素粒子原子核実験であるトリスタン実験のための前段加速器ARでした。実験終了後、ARを改造し、放射光(X線)を出すための電子を周回させる蓄積リングとなりました。周回する電子の軌道の接線方向に8つの放射光ビームラインが伸び、PF-ARは世界でも類を見ない大強度パルス放射光源として稼働しています。今回さらにその一部を改造して新たなビームラインが誕生しました。先端加速器推進部 測定器開発室を中心に、物質構造科学研究所(物構研)放射光実験施設、加速器研究施設 加速器第六研究系、素粒子原子核研究所(素核研)KEKBビーム輸送グループが協力してその準備を進めてきました。また、建設には素核研と共同で研究を行っている大学の学生が参加しました。
素粒子原子核物理学実験では、研究活動の中で測定器開発の比重が大きく、新たな実験を立案する度に測定器開発が必要になります。その過程で粒子線を使った試験が求められることが多い一方で、日本国内にはGeV(ギガ電子ボルト)の高エネルギーを持った粒子線ビームで試験できる施設がありませんでした。長年の研究者の強い要望を受け、KEK内の電子加速器の中で高い運動量を持つ電子が安定して周回しているPF-ARが候補地となりました。PF-ARで行われている放射光実験に影響がないように、周回する電子の数をほとんど減らすことなく適当な数の電子を得る方法を選択し、2020年からテストビームラインの建設計画が始まりました。
その方法とは、PF-ARに周回する電子ビームの周辺にワイヤー標的を入れ、電子ビームと標的との電磁相互作用でガンマ線(X線よりもエネルギーの高い電磁波)を出すというものです。電子は広がりを持っているので、電子ビームの周辺部(中心からビーム直径の5倍程度離れた位置)にワイヤー標的を差し入れるだけで、ガンマ線が発生します。ガンマ線をコンバータ(銅など)に入射させて電子・陽電子対を生成します。その後、四重極電磁石によってビームを集束させ、双極電磁石によって特定の運動量を持った電子だけを取り出します。
2021年2月までにコンクリートシールドを撤去し、ビームが通るための穴を開け、電磁石電源室を整備しました。2021年7月にはテストビームエリアのためのビームステージが完成しました。
ユーザーが試験を行うエリアを整備し、標的の駆動試験、放射線安全管理上の試験などを経て3月3日の夜から 4日の早朝にかけてビーム取り出し試験を行いました。シンチレーター2台の同時計測でレート(1秒あたりの電子のカウント数: 単位はHz)を測りました。
ワイヤー標的を1 mm 刻みで挿入していくと、レートが上がっていきました。数Hz から 100 Hz 程度にレートがあがると、見ていた一同から歓声があがりました。さらに1000 Hz以上のレートも得られることを確認したのち、1000 Hz前後で運動量の測定を行いました。その後の実験で、光学系が想定通りに作動していて、電子の運動量が正しく選別されていることも確認できました。今後さらなる調整が必要ですが、このテストビームラインではカロリメータの性能評価など、様々な使い方が期待できます。