世界最大の「クフ王の大ピラミッド」に謎の巨大空間があることが、その内部構造を先端技術を使って調べる国際プロジェクト「スキャンピラミッド計画」で明らかになった。 この成果は、11月2日付けの科学雑誌「ネイチャー」電子版に発表された。
宇宙から降り注ぐ素粒子の一種「ミューオン」を使って、まるでピラミッドのエックス線写真を撮影するような「ミューオンラジオグラフィ」という技術を使った。 中心となったのは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)と名古屋大学の研究者チーム。 しかし、巨大空間の大きさは、全長30メートル以上で航空機の胴体くらいとしか分かっておらず、その構造の詳細はまだ分かっていない。 チームメンバーの高﨑史彦KEK名誉教授は「これから観測の精度を高めていかなくてはならない」と話している。
約4500年前に建造されたこのピラミッドの内部構造の9割はよく分かっていない。 大ピラミッドは貴重な世界遺産で、発掘調査が極めて困難。 そこで登場したのが、ピラミッドを傷つけることなく、巨大な岩石をも簡単に通り抜けてしまうミューオンを使ったミューオンラジオグラフィだった。 KEKチームは、ミューオン観測装置として、荷電粒子が通過すると発光する「プラスチック・シンチレータ」を使用。 一方、名古屋大チームは素粒子用の写真フィルム「原子核乾板」を使った。 両チームがそれぞれが独立に異なる手法を使った理由は、両結果が一致することで観測結果が正しいことを証明できるからだ。
KEKチームは6人で、全員がKEKのOB。 2014年にスキャンピラミッド計画に加わらないかと話が持ち込まれ、参加を決めた。 シンチレーターの観測装置を設計したのは、高﨑氏。 福島原発で溶け落ちた核燃料の位置を観測するために使ったミューオン観測装置を基に、ピラミッド内の通路に折りたたんで持ち込めるように改良。 組み立ては、茨城県つくば市のKEKのニュートリノ展示室で行った。
2016年11月20日、二つのチームがそれぞれ別々に行った観測結果を都内の会議室に持ち寄って、照らし合わせた。 ところが、名古屋大の結果が王の間に続く大回廊のすぐ隣に巨大な空間があることを示しているのに対し、KEKの結果にはそれが見られなかった。 高﨑氏は「KEKの観測装置が正しく動いていないのではないか」と思ったという。
「我々のデータでも巨大空間が見えてるよ!」。 20日の会議の帰りの地下鉄の中で、観測データをパソコンで再分析していた藤井啓文KEK名誉教授が、近くの高﨑氏らに向かって大きな声を上げた。 KEKのデータにも、巨大空間の一部がかすかに見えているのを見つけたのだ。 KEKの観測装置が大回廊の真下にあったため、大回廊と重なって巨大空間が見にくくなっていた。 2017年1月、巨大空間がよく見えるようにと観測装置を移動させたところ、KEKのデータにも名古屋大と同様に巨大空間の様子がはっきりと現れた。
用語解説
クフ王の大ピラミッド
エジプト・ギザにある高さ140メートルのエジプト最大のピラミッド。 今回、KEKと名古屋大の観測装置はピラミッドのほぼ中央にある女王の間に設置された。
ミューオン
ミュー粒子、ミュオンともよばれる。 大気の上層で宇宙線から生成され、10平方センチメートル当たり1秒間にだいたい1個の割合で地上に降り注いでいる。 エネルギーが高いほど透過能力が高く、宇宙線ミューオンを使って、火山や原発の内部構造を調べることが試みられている。
KEKのミューオン観測装置
プラスチックシンチレータと半導体光検出器を使用したもの。 この技術はT2K長基線ニュートリノ実験の測定器などにも使われている。
プラスチック・シンチレータ
シンチレータはミューオンなど荷電粒子が通過すると発光する物質の総称で、プラスチックの中に有機発光物質を溶かしたもの。 取り扱いが簡単で、加工性が高く大型化も容易などの理由から各種実験で使われている。