物質の表面はどのような構造をしているのか。表面の原子の配列を調べ、正確に決めるのは、実はとても大変です。「表面科学」という分野に魅せられた物質構造科学研究所(IMSS)低速陽電子グループ特別助教の望月出海さんにインタビューしました。
―加速器でつくった低速陽電子で物質の表面を調べられる施設は、現在のところ世界中でKEKだけと聞きました。望月さんは、いつからKEKに?
「2012年10月に、兵頭俊夫先生のプロジェクトの研究員として来ました。その前はポスドクで2年半、群馬県高崎市にある日本原子力研究開発機構の高崎量子応用研究所(組織改編で現在は量子科学技術研究開発機構)というところにいました。専門はずっと、表面科学です」
―物質の表面を調べるには、特殊な方法が必要なのですか?
「物質の構造を調べる研究は、KEKの放射光研究施設(PF)でもたくさんやっています。例えば、X線は、物質の中の原子の並びを見るのは抜群に得意ですが、それはX線には透過力があるからです。しかし、このため、表面だけ調べるのは、実はとても大変です。これまで決定的な方法がなくて、表面の色々な特性を調べる実験や理論計算から、構造はたぶんこうなっているだろうと推定することがよく行われています」
―それを直に調べられるのが、低速陽電子を使った手法ということですね。
「私たちの呼ぶ表面とは、原子1層分から3層分くらい、1ナノメートルくらいの範囲です。その構造を調べるため、低速陽電子のビームを原子にぶつけて散乱される”回折”という現象を使います。そして、陽電子を物質の表面すれすれの角度で入れると、全反射という現象が起き、物質を通り過ぎず、表面の原子だけにぶつかって跳ね返ってきます。この全反射の回折の様子を観察することで、表面の構造を調べることができます」
―この実験方法はいつごろから始まったのでしょう。
「手法の提案があったのが1992年で、1998年に世界初の装置が高崎でできました。それは放射性同位体から低速陽電子を取り出す方法で、KEKの加速器を使った実験のスタートは2010年からです。加速器を使うと100倍強度の大きい低速陽電子ビームを作り出せるので、従来の100分の1の時間で測定できるようになりました。」
―これまでにどのような成果がありますか。
「私が主体の研究では、2012年に、これまで10年近く論争が続いていた半導体表面上の貴金属原子の『ナノワイヤ』の構造を確定することができました。また、2016年には光触媒、気体センサーなどの標準物質『酸化チタン』の表面で論争されていた構造を確定。こちらは30年にわたる議論に終止符を打ちました。原子レベルでの触媒プロセスの解明に重要な情報です」
―今後の目標は?
「加速器を使った陽電子回折の手法は、まだまだ広く知られていません。共同利用などで来ていただいて、多くの研究者の方に使ってもらえればと思います。この手法を広めることは、自分の使命だと思っています」
―ところで、出海さんという名前は珍しいですね。
「父が会社でもヨット部に所属しているほどヨットが好きで、出海という名前もそこからです。私も物心つく前からヨットに乗っていて、小3くらいから試合にも出ていました。大学ではヨット部に所属して、ヨット中心の生活をしていました(笑)」
―ヨットの魅力は何でしょうか?
「レースで速さを競うときは人相手ですが、基本的にヨットは自然が相手。風を読んで、予測しながら走ります。広い海でヨットを走らせていると、日常のささいなことは気にしなくなりますね」
―ありがとうございました。
(聞き手 広報室・牧野佐千子)