【KEKのひと #4】「誰も知らない謎を突き止めるおもしろさ」伝えたい 花垣和則(はながき・かずのり)さん

KEK素粒子原子核研究所の花垣和則教授
6月10日開催のKEK公開講座「高エネルギー加速器の最前線」の講師を務めるKEK素粒子原子核研究所の花垣和則教授。 素粒子研究の魅力は、「誰も知らない謎を突き止められること」といいます。 海外での生活も長い花垣氏に、これまでの研究のことなどをインタビューしました。

―これまでの経歴は

「大阪大学(以下、阪大)理学部に在籍の大学時代は、スキーや麻雀、アルバイトに明け暮れ、素粒子物理に興味はあったものの研究者になりたいという気持ちは大きくはなかったのです。修士に進み、やることが、誰かが答えを知っている『勉強』から、調べていくと答えが見つかる『研究』になった。それでおもしろくなりました」

―それから研究の道へ?

「阪大博士課程では、フェルミラボ※1での実験に参加していました。ポスドク※2で米国プリンストン大学に在籍しながらKEKで当時行われていたBelle実験の立ち上げに3年間携わり、その後フェルミラボで雇用されました。現在のLHC※3の一世代前、テバトロン※4の時代です。その後、阪大の准教授としてLHCのアトラス実験※5に参加。現在はアトラス日本グループの共同代表。KEKに来たのは2015年4月です」

―研究の醍醐味は

「誰も知らないことを突き止められたときの気持ちよさと、実験で検証できる物理法則の単純明快さと美しさ、この2つですね。研究を通していろいろな国の人と会って酒を飲むのも楽しいです」

―実験や研究の進め方で国による違いは感じますか

「アメリカはなんでもオープン。会議で本気で議論して決めていく。透明性がある。日本やヨーロッパは根回しが大事。ヨーロッパの方が、研究のフィールドを奪い合う『陣取り合戦』のような文化があってえげつないです(笑)」

―国としての素粒子物理学への取り組み方の違いは

「アメリカは、政府直属の部会がどの研究を優先するか決定して実行するトップダウン形式。けど、研究者自身がおもしろいものをやるほうが健全な形ではあると思います。ヨーロッパは5年に一度『ヨーロピアン・ストラテジー』という会議があり、長い時間をかけてみんなで議論して決める。決定内容は2~3人で話し合ったようなものと一緒ですが、皆で議論したという形が大事なのですね。日本は、予算が限られている中で、それぞれが新しいプロジェクトを提案して、結局どれも進まないという状況に陥っている。どう優先順位をつけていくか、研究者自身がボトムアップ形式で議論していかなくてはと思います」

―順位を決める基準も難しいですね

「税金でやらせてもらっているわけだから、一般の人が面白いと思えるものでなくてはいけない。世間の人がやめたらいいと思えばやめたらいいのです。そのためにも、研究者は基礎科学の大切さをわかってもらえるよう努力をしなくては」

―生活に役に立つ、立たない、という議論もありますが

「よく基礎研究が何の役に立つのかと聞かれます。正直なところこれ自体は役に立ちません。おもしろいからやっている。そのおもしろさを多くの人にわかってもらい、基礎研究を支えられる社会であって欲しい。おもしろいことをやっていると、子どもや若い人が興味を持って、将来さらに科学や技術を発展させる。間接的ですが、それが基礎科学の社会貢献ではないかと」

―今回の公開講座では、特にどのような人たちに聞いてほしいですか

「女性や、できたら中学生くらいの若い世代。女性は世論形成への影響が大きいですから。一般の女性が、LHCが化粧品メーカーの名前でなく加速器なのだとわかってくれるようになったら、基礎科学への理解のすそ野が大分広がったということなのではと思います」

(聞き手・広報室 牧野佐千子)

【用語解説】

※1フェルミラボ・・米国イリノイ州シカゴ近郊バタヴィアにある国立高エネルギー物理学研究所「フェルミ国立加速器研究所(Fermi National Accelerator Laboratory)」の通称。

※2ポスドク・・博士研究員(Postdoctoral Researcher)のこと。博士号(ドクター)取得後に任期制の職に就いている研究者や、そのポスト自体を指す。

※3LHC・・Large Hadron Collider(大型ハドロン衝突型加速器)のこと。2008年にスイス・ジュネーブにある欧州合同原子核研究機関(CERN)に建設された世界最高エネルギーの陽子・陽子衝突型加速器。加速した陽子同士を高エネルギーで正面衝突させることにより、ヒッグス粒子や標準理論を越える 新しい現象の発見を目指す。

※4テバトロン(Tevatron)・・フェルミラボにある高エネルギーの陽子と反陽子を衝突させる加速器。1980年代後半から行なわれていた実験で、世界14ヶ国、60研究機関からの470名を超える研究者・技術者・大学院生が参加した。

※5アトラス実験・・LHCでの衝突の反応を観測する巨大なアトラス測定器による実験。2010年3月よから本格的な実験が開始された。2012年に素粒子の質量の起源と深い関わりのあるヒッグス粒子を発見し、現在は宇宙の暗黒物質の解明につながる超対称性粒子などの新発見を目指している。