国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
概要
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下、「原子力機構」)J-PARCセンターの明午 伸一郎 研究主席、原子力基礎工学研究センターの岩元 洋介研究主幹らのグループは、高レベル放射性廃棄物を効率的に減容化・有害度低減する加速器駆動システム(Accelerator Driven System, ADS: 注1)における陽子ビームに起因する材料の損傷について、原子力機構および大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(機構長 山内 正則、以下、「高エネ研」)の共同運営組織であるJ-PARCセンター(センター長 齊藤 直人)の陽子加速器施設を用いて定量化しました。
J-PARCセンターでは、原子力機構の原子力基礎工学研究センター(基礎工センター)と共に、原子力発電で使用された燃料の再処理から生じる高レベル放射性廃棄物を効率的に減容化・有害度低減する加速器駆動システム(ADS)の実現に向け研究開発を進めています。ADSでは、数十億電子ボルト(ギガ電子ボルト、GeV)という高エネルギーの陽子ビームの導入部に鉄鋼製の「ビーム窓」を用い、また加速器の電磁石には銅を用います。ビーム窓などの材料に陽子ビームが入射する際に、原子の弾き出しが起こり、材料強度が変化します。原子あたりの弾き出し数は、陽子ビームの強度(陽子束)に、原子の弾かれやすさ(弾き出し断面積)を乗ずることにより計算されますが、弾き出し断面積の実験データはほとんどありません。特にADSで重要な数十億電子ボルト(GeV)のエネルギー領域における鉄の実験データは無く、計算に用いるモデルの妥当性の評価ができませんでした。
そこで本研究では、ADSの機器の材料となる鉄と銅の弾き出し断面積をJ-PARCの加速器を用いて測定しました。この測定では、金属の格子中に損傷が生じると電子の流れが阻害され電気抵抗が高くなる性質(マティーセン則)を利用しましたが、一度生成した損傷が熱運動により元に戻らないようにするため、4 K(マイナス269℃)程度に冷却した試料に陽子ビームを入射し電気抵抗の増加を観測しました。この実験により、鉄に対して、世界で初めてGeVのエネルギー領域における弾き出し断面積を取得しました。また、原子力機構で開発したPHITSコードへ最新の分子動力学法に基づく材料損傷モデルを組み込んで弾き出し断面積を計算し、その結果と測定値を比較したところ、両者はよい一致を示しました。 以上のように、本研究で行った弾き出し断面積データ測定と材料損傷モデルの精度確認により、ADSのみならず広くJ-PARCのような高エネルギー加速器施設で使われる材料の損傷評価が可能になり、さらなる安全性向上につながるものと期待しています。
本研究は文部科学省の原子力システム研究開発事業「J-PARCを用いた核変換システム(ADS)の構造材の弾き出し損傷断面積の測定」で原子力機構と高エネ研が実施した成果です。本成果は、Journal of Nuclear Science and Technology のオンライン版に6月3日に掲載されました。
研究成果のポイント
◆高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減のため研究開発が進められている加速器駆動システム(ADS)では、大強度の陽子ビームの入射部となるビーム窓等の材料の放射線による損傷をできるだけ少なくするためその損傷評価が重要となります。しかしながら、この損傷評価の基準となる「原子の弾き出し断面積」の実験データは乏しく、評価計算の妥当性がわかりませんでした。
◆J-PARCの陽子加速器施設において、ADS機器の材料となる鉄と銅の原子の弾き出し断面積の測定を行い、鉄については世界で初めてADSに用いる陽子ビームのエネルギー領域における弾き出し断面積の取得に成功しました。
◆本研究で得られた知見により、ADSのみならずJ-PARCのような高エネルギー加速器施設で用いられる材料の損傷評価がより精度良く行えるようになりました。
詳しくは プレスリリース をご参照ください。