「存在する」から「見える」へ。半導体中を流れる伝導正孔の可視化に初めて成功

100年前にディラック博士が提唱した「負のエネルギーを持つ電子」を捉える

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)

Question

ディラックの海(※1)に埋もれた電子の穴「正孔」は、どうすれば見えるのか?

Findings

伝導正孔は、伝導電子と同様に半導体デバイスを動作させる重要な電荷キャリア。伝導正孔の観測に必要な条件を初めて特定。

Meaning

これまで見えなかった電荷キャリアの動きを捉え、半導体デバイスの動作を評価する新たな手法に。

図1 半導体デバイスは、電子と正孔、または、どちらかが電荷キャリアとして動くことで機能している。本研究では、トランジスタが動作する環境下で正孔の可視化に成功。
 

概要

高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の福本 恵紀 特任准教授、筑波大学の吉川 康介氏は、半導体デバイスの動作において、伝導電子と同様に重要な電荷キャリアである伝導正孔の可視化に成功しました(図1)。正孔は、1929年にポール・ディラック博士がディラック方程式(※2)導出の際に現れた負のエネルギーを持つ粒子であり、電子で満たされた状態から電子を取り除いた後に残る空孔です。また、同時期にルドルフ・パイエルス博士がホール効果(※3)を量子力学的に導出する際にも導出された正の電荷です。これまでに、電気計測による素子全体の平均的な情報として伝導正孔の振る舞いが観測されてきましたが、実験的な制約により、電荷キャリアとして半導体デバイスの動作に「機能する伝導正孔」の空間的な分布を観測した例はありませんでした。今回、パルスレーザーを光源とする光電子顕微鏡(フェムト秒光電子顕微鏡(図2))を利用して、電界効果トランジスタ(※4)が動作する環境下で正孔の直接観測に成功し、観測のためのレシピを詳細に解説しました。この成果は、ホール効果などトランジスタ全体の平均として伝導正孔の流れを電気的に計測する従来手法に対し、イメージング法を用いることで、トランジスタ内の膜厚などの不均一性が正孔観測に影響することを特定した画期的な発明となりました。ダイオード、トランジスタ、太陽電池、発光デバイス、光触媒などあらゆる半導体デバイスの評価・開発など幅広い応用が期待されます。

なお、本成果は、物質構造科学研究所 ピアテンコ エリザベス 研究員(当時)、筑波大学 山田洋一教授、清水好葉氏、物質・材料研究機構(NIMS)早川竜馬主幹研究員、若山裕グループリーダーとの共同研究による成果です。

本研究成果は、10月21日(水)01:00(現地時間)に米国の学術誌「Applied Physics Reviews」に掲載されました。

※1.ディラックの海
真空状態が電子によって完全に占有されている状態とするモデル。ディラックの海から、電子を1つ引き抜いて形成される「穴」は、まわりの電子から見ると「正の電荷を持った粒子」として振る舞う。ディラックはこの穴を正孔と呼んだ。

※2.ディラック方程式
量子力学の基礎方程式であるシュレーディンガー方程式を、アインシュタインの特殊相対性理論の要請を満たすように拡張した方程式である。この方程式を用いることで、光速に近い速度で運動する粒子の振る舞いを正確に記述できるようになる。ポール・ディラックがこの式を解いた際、「負のエネルギーを持つ電子」の状態が数学的に導き出された。この負のエネルギー状態の電子が抜けた「穴」がプラスの電荷のように振る舞うことが示されており、これが本研究で可視化した「正孔」の概念の理論的な起源となっている。

※3.ホール効果
電流が流れている物質に垂直な磁場をかけると、電流と磁場の両方に直交する方向に電圧が生じる現象である。古典物理学では磁場中の電荷が受ける力(ローレンツ力)として説明されるが、1929年にルドルフ・パイエルスが量子力学(バンド理論)を用いて理論的に導出した。その際、エネルギーバンドが電子でほぼ満たされている状態において、電子の抜け穴である空席が「プラスの電荷を持った粒子(正孔)」としてホール効果に寄与することが数学的に示された。本研究の観測が成功するまでは、主にこのホール効果などの電気的計測によって間接的に正孔の振る舞いが評価されてきた。

※4.電界効果トランジスタ
ソース、ドレイン、ゲートと呼ばれる3つの電極からなる半導体デバイスである。ゲート電極に電圧をかけて生じる「電界効果」によって、ソース・ドレイン間に正孔が流れる通り道が形成され、電流が流れることで「オン状態」になる。電圧の制御のみで簡便かつ高速に電流のオン・オフができるため、演算素子やメモリなど、現代のあらゆる半導体デバイスの基本構成要素として使用されている。

図2 フェムト秒幅のパルスレーザーを光源とする光電子顕微鏡(フェムト秒光電子顕微鏡)の外観写真(1フェムト秒は1000兆分の1秒)。短い時間幅のレーザーパルスを利用することで、光のエネルギーを近赤外光から紫外光領域(0.5~6 eV)まで自在に変化させることができる。

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