フッ素のチカラで進化する金属の抽出技術 

効率と安全性を両立した新たな抽出法の開発で持続可能な社会の実現に貢献

 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 
一般財団法人総合科学研究機構 
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 
J-PARCセンター 
フランス国立科学研究センター 

発表のポイント

  • 持続可能な社会を実現するためには資源のリサイクルが重要です。その中で、様々な金属を溶かした溶液から有用な金属を分離・精製する技術として「溶媒抽出法」が注目されています。 
  • 高濃度の金属イオンを取り扱う抽出操作では、プロセスの安全な運転を阻害する液相の相分離(第三相の生成)を制御することが長年の課題になっています。 
  • そこで、日本とフランスの国際共同研究チームは、フッ素の強力な疎水性に注目し、第三相を生成させない抽出システムの開発を進めました。 
  • 本研究では、フッ素を含む抽出剤を新たに開発しました。この抽出剤が液相内でつくるナノスケールの分子集合体の構造とその性質について、研究用原子炉JRR-3に設置されている中性子小角散乱装置SANS-Jを用いた分析を行いました。その結果、第三相の生成を防ぐためのフッ素の利用方法を明らかにしました。 
  • 本成果は、フッ素の疎水性を利用することで、これまでの溶媒抽出開発では実現できなかった、安全性と高い抽出効率を両立させる「新たな抽出系の開発指針」を提供しています。 

概要

溶媒抽出法は、水と油のように混ざり合わない二つの液相の間で、物質がどちらの液相に溶けやすいかという性質を利用した分離・精製技術です。この技術は、石油の精製、薬品製造、食品加工、有用金属のリサイクルなど、私たちの生活の様々な場面で利用されています。 

溶媒抽出法による金属の分離プロセスは、水相中の金属イオンを効率的に濃縮できる利点があります。しかし、高濃度の金属イオンを取り扱うプロセスでは、油相が軽い油相と重い油相に相分離することが問題でした。相分離によって生成した重い油相は「第三相」と呼ばれ、多量の金属イオンを取り込む性質があります。この場合、化学プラントにおける抽出プロセスの運転は停止してしまいます。このような背景から、第三相の生成メカニズムを分子レベルで明らかにして、その要因を完全に取り除いた抽出システムを開発することが求められていました。 

研究チームは、リン酸エステル化合物をフッ素化したフッ素系抽出剤を新たに開発しました。一般に、非フッ素系抽出剤を用いる抽出システムでは、第三相の生成を避けるために、水相から分離する金属イオンの濃度を意図的に下げて抽出効率を犠牲にする必要があります。ところが、本研究で開発したフッ素系抽出剤を用いた場合、高濃度の金属イオンを抽出する際に第三相を生成することはありませんでした。すなわち、「高い抽出効率」と「第三相を生成させない」という2つの能力を共存させることに成功しています。この理由を明らかにするため、中性子散乱法を用いて液相内のミクロな状態を観察した結果、フッ素系抽出剤は互いに反発し合うナノスケールの集合体構造をつくることが第三相の生成を防ぐ鍵になることがわかりました。 

この発見は、これまで根本的な解決策がなかった第三相の生成に対して、具体的な解決策を示した初めての例です。今後、従来の溶媒抽出開発では利用されてこなかった、フッ素化合物を利用した金属イオンの抽出システムなど、金属イオン分離技術の高度化につながる可能性が高く、我が国の資源問題の解決に貢献することが期待されます。 

本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)物質科学研究センターの上田祐生研究員、MICHEAU Cyril研究副主幹、元川竜平研究主幹、人形峠環境技術センターの徳永紘平研究員、一般財団法人総合科学研究機構の阿久津和宏副主任技師、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の山田悟史准教授、山田雅子助教、フランス国立科学研究センターのBOURGEOIS Damien研究部長による日仏の国際共同研究チームによるものです。 

本成果は、11月7日に米国化学会発刊の学術誌「Langmuir」オンライン公開版に掲載されました。 

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