「原子核時計」の実現に前進

トリウム229の超低エネルギー原子核励起状態の寿命を決定

理化学研究所
東京大学
東北大学
高エネルギー加速器研究機構

概要

理化学研究所(理研)開拓研究本部香取量子計測研究室の山口敦史専任研究員(光量子工学研究センター時空間エンジニアリング研究チーム専任研究員)、香取秀俊主任研究員(光量子工学研究センター時空間エンジニアリング研究チームチームリーダー、東京大学大学院工学系研究科教授)、理研仁科加速器科学研究センター核化学研究開発室の重河優大特別研究員、羽場宏光室長、東北大学先端量子ビーム科学研究センターの菊永英寿准教授、金属材料研究所アルファ放射体実験室の白崎謙次室長、高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所和光原子核科学センターの和田道治 前センター長らの共同研究グループは、イオントラップに捕獲されたトリウム229[1]のアイソマー状態[2]の寿命を決定しました。

トリウム229の原子核は、エネルギーがわずか8.3電子ボルト(eV)[3]の超低エネルギー原子核励起状態(アイソマー状態)を持っており、レーザーで励起できることが大きな特徴です。この励起状態へレーザーで励起すると「原子核時計[4]」と呼ばれる極めて正確な周波数標準が実現できると期待されています。しかし、その実現に不可欠なパラメーターである、イオントラップに捕獲されたトリウム229のアイソマー状態の寿命は分かっていませんでした。今回、共同研究グループは、トリウム229イオンを真空中に捕獲する装置を開発しました。その装置で捕獲したトリウム229イオンの集団から、原子核がアイソマー状態にあるイオンを選択的に検出する独自の技術も開発し、アイソマー状態の寿命を決定しました。この結果は、原子核時計実現に向けた大きな前進であり、原子核時計による基礎物理定数の恒常性の検証といった物理学の根幹に関わる研究への道を開く成果です。

本研究は、科学雑誌『Nature』(4月17日付:日本時間4月18日)に掲載されました。

詳しくは  プレスリリース  をご参照ください。

補足説明                                

[1] トリウム229
トリウムは原子番号90の元素。質量数229の同位体であるトリウム229原子核は、基底状態からわずか8.3電子ボルト(eV)のエネルギー領域にアイソマー状態と呼ばれる準安定状態を持つ。このアイソマー状態は基底状態の原子核にレーザーを照射して作り出すことができる。このレーザー励起を利用すると周波数が非常に正確な「原子核時計」を実現できると期待され、近年注目を集めている。

[2] アイソマー状態
原子核の励起状態で、その寿命がおよそナノ秒(10億分の1秒)より長い準安定状態のこと。イオントラップされたトリウム229のアイソマー状態の寿命は本研究で初めて実験的に測定された。

[3] 電子ボルト(eV)
エネルギーの大きさを示す単位で、電子1個が真空中で1ボルトの電位差で加速されたときに得るエネルギー。トリウム229アイソマー状態のエネルギー8.3eVは、光の波長に換算すると真空紫外領域の149nmに相当する。

[4] 原子核時計、原子時計
原子時計とは、原子のエネルギー準位間の遷移周波数を基準とする周波数標準である。今まで開発された原子時計は、すべて原子の「電子」遷移の共鳴周波数を基準としてきた。例えば、現在の1秒は、セシウム原子のマイクロ波領域の電子遷移の共鳴周波数で定義されている。これに対して、原子核時計は、「原子核」遷移の共鳴周波数を基準とする。原子核遷移の周波数は、環境ノイズの影響を受けにくいため、既存の原子時計を上回る正確さを実現できると期待されている。

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