クォーク間の「芯」をとらえた ー物質が安定して存在できる理由の理解に貢献ー

国立大学法人 東北大学大学院理学研究科
国立大学法人 京都大学大学院理学研究科
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター

概要

原子核を構成する源の力である核力は、陽子と中性子が比較的離れたときには引力ですが、陽子と中性子が重なり合うような近い距離では大きな反発力(斥力)へと変化します。この神秘的とも言える引力と斥力のバランスのおかげで原子核は自身の引力で潰れることなく安定に存在することができます。しかし、この斥力を生み出すメカニズムの理解は長年の課題でした。

このような短距離では、陽子・中性子の中に閉じ込められた物質の最小単位であるクォークのペアがパウリの排他原理があるため、同じ量子状態をとるクォーク間に強い斥力が生じると予想され、核力の短距離での強い斥力の一因と考えられています。しかし、このクォークのパウリ原理による斥力の強さは現在まで全く不明でした。ストレンジクォークを含む粒子であるΣ+と陽子との散乱では、2粒子内のアップクォークのスピンの向きをそろえパウリ原理の禁止状態を作ることで、このクォークのパウリ原理による斥力を調べることが可能となります。

このたび東北大学大学院理学研究科の三輪浩司 准教授(高エネルギー加速器研究機構 特別准教授)らの研究グループは大強度陽子加速器施設J-PARCのハドロン実験施設で、このΣ+と陽子の散乱の微分断面積を高精度で測定しました。微分断面積は、どの角度にどれくらい粒子が散乱されやすいかを示す量であり、これは粒子間にはたらく力を敏感に反映します。散乱する2つの粒子が3割程度重なり合うような場合に、核力はまだ引力であるのに対して、Σ+陽子間の力はすでに核力の2倍程度も強い斥力になっていることが、得られた微分断面積を解析することで分かりました。今まで未知であったクォーク間のパウリ斥力の強さを決定したことで、核力の短距離での斥力の理解が一層進むと考えられます。

本成果は基礎物理の学術論文誌Progress of Theoretical and Experimental Physicsの注目論文(Editors’ Choice)に選ばれ、2022年9月4日16時(英国時間)にオンライン公開されました。

本研究成果のポイント

●陽子・中性子はクォークと呼ばれる素粒子が3つ集まってできている。量子力学の基本的な原理であるパウリの排他原理によると、同じ状態のクォークが同じ場所に存在することはできない。これが陽子・中性子間に働く核力の短距離で現れる斥力の原因の一つと考えられているが、未だに実験的な検証がされていなかった。
●陽子内のクォークの種類を変化させた新奇な粒子と陽子とを散乱させ、クォークのパウリ原理で禁止される状態を作ることで、粒子間に働く力が極端に強い斥力へと変化することを明らかにした。これはパウリ原理による斥力の起源を検証し、その芯の堅さを実測したことに相当する。
●核力は、湯川秀樹博士の中間子論の研究で進んだが、引力だけだと原子核はつぶれてしまい、物質は存在できない。芯の本質に迫る今回の成果で、物質が安定して存在できる理由の理解が進むことが期待される。さらには新しいクォークを含んだ拡張された核力の解明が大きく進むと期待される。

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