J-PARCにおける大強度陽子ビーム制御技術の開発-非線形光学を駆使したビーム整形法でターゲットの損傷を軽減、施設の安全運転に貢献-

図1 ビーム整形に用いる八極電磁石(左)とその磁場分布(中央)。加速器でビームを輸送するための光学レンズのような収束・発散を持つ四極電磁石(右)は、直線状(一次関数)の磁場分布を持ち、ビームの幅を変えることはできますが、形状は変えられません。一方、極を八つ持つ八極電磁石は三次関数の磁場分布となり、電磁石の中心から離れるほど磁場が強くなります。この特性(非線形性)により、ビームの裾野だけを中心に畳み込むことができ、ビーム形状を平坦に整形できます。

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構

概要

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下、「原子力機構」)J-PARCセンター(センター長 齊藤 直人)の明午 伸一郎 研究主席らのグループは、原子力機構および大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(機構長 山内 正則、以下、「高エネ研」)の共同運営組織であるJ-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)における中性子源施設の安定な運転のため、大強度陽子ビームの整形技術を開発しました。

J-PARCの中性子源施設では、大強度陽子ビームを水銀ターゲットに当てて中性子を生成します。水銀ターゲットの鉄鋼製容器は、大強度の陽子ビームに晒されることにより損傷します。安定した中性子源施設の運転のためには、ターゲットに当たる陽子ビームの電流密度を下げて損傷を抑えることが必要です。しかし、ビーム形状が尖った山型(ガウス分布)の分布を示す既存のビーム調整技術(線形ビーム光学)では、電流密度をあまり下げられませんでした。 ビームを平坦な形状に整形できれば、水銀ターゲット上の電流密度を下げることができます。以前より、八極電磁石を用いた非線形光学によるビーム整形技術を適用すればビームを平坦な形状に整形できることが知られていました。しかしこの調整技術は八極磁場などのパラメータ調整が複雑なため、ある特定の条件でしか適用できず、また副作用としてビームロスが発生することも知られていました。

そこで本研究では、このビーム調整技術を追求し、あらゆる条件において、ビーム形状はたった2つのパラメータで表せることを見いだしました。また、ビームロスを抑えた状態で平坦な形状にビームを整形して電流密度を下げられる最適な条件を明らかにしました。実際にJ-PARCの中性子源施設に八極電磁石を設置し、最適条件でビームを調整した結果、ビームロスを発生させずに予測どおりにビームが整形できることを確認しました。このビーム整形により、水銀ターゲット上の電流密度を従来の値から約30%低下できました。メガワット(MW)クラスの大強度加速器施設で非線形ビーム光学によりビーム整形を行ったのは、世界で初めてです。


本研究で得られた知見により、J-PARC等の大強度陽子ビームを用いた中性子源施設でさらに安定したビーム運転が行えるようになりました。また、本手法は高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減のための加速器駆動システム(ビーム出力 30 MW)のような、将来の大強度加速器施設の安定したビーム運転に貢献し、さらなる加速器施設の安全性向上につながるものと期待されます。

本成果は、Physical Review Accelerators and Beamに6月23日に掲載されました。

研究成果のポイント

  • 大強度の陽子ビームに晒されるJ-PARCの中性子源施設では、ターゲットの鉄鋼製容器は、ビームにより損傷します。ビームの電流密度を下げて損傷を抑えることが必要ですが、これまでのビーム調整技術ではビーム形状を変えられないため、電流密度を下げることは困難でした。
  • 以前から、八極電磁石を用いると、ビームを平坦な形状に整形して電流密度を下げられることが知られていました。しかし、この整形方法は磁場などのパラメータ調整が複雑と考えられていたため、大強度ビームでの実用化は困難でした。
  • 本研究では、このビーム整形法について詳細に解析した結果、わずか2つのパラメータによりビーム形状が特徴づけられることを解明し、ビーム整形が容易にできるようになりました。このビーム整形法を実際に試したところ、予測どおりにビームを整形でき、ビームの電流密度を30%低下できました。
  • このビーム整形技術の開発により、J-PARCの中性子源施設では、さらに安定した大強度のビーム運転が行えるようになりました。本成果は、将来の大強度加速器施設においてターゲットの損傷を抑制するための重要な技術です。

詳しくは  プレスリリース  をご参照ください。