【KEKエッセイ #3】素粒子物理学者のご先祖様はモグラかも?

   
素粒子物理学の研究施設は地下深くに設置されていることが多い。 KEKが誇る円形加速器「SuperKEKB」は地下11メートルに掘られたトンネルにあるし、欧州のCERNの円形加速器「LHC」は地下100メートルのトンネルに、東京大学のスーパーカミオカンデに至っては岐阜県・神岡鉱山の地下1000メートルにある。 このほど、私が訪れた米国サウスダコタ州のサンフォード大深度地下研究所(Sanford Underground Research Facility、略してSURF)は、かつての金鉱山の地下1500メートルの坑道にあり、米国で最も地下深くにある研究施設だ。(広報室・引野肇)

なぜこんな地下に造るのか。答えはSURFのホームページに書かれている。「手を前に突き出してください。その手には数か月間で数百万もの宇宙線が通過します。でも1マイル地下なら百万倍も静かです。堅い岩が実験のノイズとなる宇宙線を遮蔽してくれるからです」

「地底」という言葉には冒険心を掻き立てる力がある。私も子どものころ、ジュール・ベルヌの「地底旅行」をドキドキしながら読んだ記憶がある。あまり大きな声では言えないが、2010年前後に封切られた二本のアメリカ映画「センター・オブ・ジ・アース」はいまでも大好きだ。

ということで、SURFを訪問できると知って私は舞い上がった。早速、グーグル・マップ(航空写真)に「Sanford Underground Research Facility」と入力。するとアメリカ中西部の広大なブラック・ヒルズにポツンとある小さな街「リード(LEAD)」の丘の上にSURFが見つかった。

小さな丘の上に立つSURF

驚いたことに、街の真ん中に直径700メートルもあろうかという、まるでアリジゴクのようなすり鉢状の大穴がぽっかり口を開けている。ネットで調べると、この穴はかつての金鉱山の露天掘りの跡で、ここから採掘された鉱石の総量は1.7億トンで、そこから精製された金が1200トンという。

ブラック・ヒルズは約2200平方キロある丘陵地帯で、古くからここに住むインディアンたちの聖地だったことから1868年、米国政府公認のインディアン保護居住区になった。しかし74年、降ってわいた金鉱脈発見の知らせに世界中から山師が押し寄せてきて、インディアンの権利が踏みにじられることになった。こうしてできた街がリードだ。リードのビジター・センターにはこう書かれている。「ローマは一日にして成らずというが、リードはほとんど一日で誕生した」

SURFすぐ近くにある金の露天掘りの跡。右手奥に民家群が見える

SURFでは二つの大きな国際共同実験が進められている。ひとつは10トンの液体キセノンを使って宇宙全体の27%を占める謎の物質「ダークマター(暗黒物質)」を探索するLUX-ZEPLIN実験。もうひとつが、シカゴ郊外のフェルミ国立加速器研究所からニュートリノビームを発射して1300キロメートル離れたSURFにある7万トンの液体アルゴンで観測するLBNF/DUNE実験だ。いずれも、目に見えないお化け粒子を使って、素粒子物理学の大きな謎を解き明かそうという壮大な試みだ。

インディアンの聖地、ゴールドラッシュ、1500メートルの地底世界、ダークマター、ニュートリノ‥‥。SURFの地下見学ツアーに参加した時は心が躍った。地下に潜るには専用のスーツ、ヘルメット、長靴、ヘッドライト、バッテリーを着用する。ツアーリーダーが点呼をとり終わるといよいよ、地下1500メートル行のエレベーターに乗り込む。エレベーターはかつての鉱山労働者たちが使ったかなりの年代物で、ガタガタと揺れて迫力満点。1500メートル地下まで下りて各種実験施設を見学した。地底探検の旅の始まりはワクワク、ドキドキだが、やがて地上から切り離されている心細さを感じる。このため、地下には事故・災害時の避難部屋が用意されている。食料や酸素ボンベなどが備蓄され、ここで二週間ほど滞在できる。

照明がない通路でツアーリーダーが立ち止まった。「これから真の暗闇を体験します。みなさんヘッドライトを消してください」 。とたん、これまで体験したことのない暗闇。上下左右の感覚が失せ、周囲の人の気配も消えた。宇宙空間に1人放り出された気分。深地下は宇宙空間に似ていると思った。  

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