公開講座2025 科学技術で地球温暖化を食い止める~KEKでのカーボンニュートラルへの取り組み~を開催しました  

KEKでは研究で蓄積された知見や加速器科学について一般の方に広く紹介し、興味や関心を持っていただく目的で公開講座を開催しています。2025年度の公開講座は6月7日にKEKつくばキャンパスで「科学技術で地球温暖化を食い止める ~KEKでのカーボンニュートラルへの取り組み~」というテーマで開催しました。カーボンニュートラルとは、二酸化炭素の排出と吸収のバランスをとること。KEKは加速器を用いた実験を行うため、加速器の運転にどうしても大量の電力を必要としますがただ電力を消費して二酸化炭素を排出するばかりではなく、カーボンニュートラル社会を実現するために必要な技術開発も、同時に行っているのです。 

今回は、阪田 薫穂(さかた かおるほ)准教授が水素ガスを効率良く発生させるための電極開発に利用できる、X線による観測技術について、大東 琢治(おおひがし たくじ)准教授が、効率の良い2次電池や触媒を開発するのに欠かせない分析ツールであるX線顕微鏡について話しました。 

講演1「光触媒の表面でいま何が? 量子ビームで開く水素社会」 KEK物質構造科学研究所 阪田 薫穂准教授 

阪田准教授は、水の電気分解用の電極の表面で何か起きているかをリアルタイムで測定した研究の成果を、最新のデータを示しながら詳しく紹介しました。これはKEKのフォトンファクトリーの軟X線(波長1~10nm程度の比較的波長の長いX線)ビームを用いて行っている研究です。 

近年の地球温暖化と大気中の二酸化炭素の割合の長期的な変動のデータから、地球の平均気温の上昇の原因の一つとして、大気中の二酸化炭素の増加が指摘されています。カーボンニュートラル社会を実現して地球温暖化を緩和するためには、風力発電や太陽光発電を効率的に利用する必要がありますが、電力が余った時に水素ガスにして貯めておくための、水の電気分解の技術に注目が集まっています。水の電気分解は、中学校でも習う初歩的な反応ですが、まだまだ分からないことがたくさんあります。水素ガス生成の効率を上げるためには、電極に光触媒を用いる方法があり、研究が進められていますが、これまでは触媒の電極の表面でどのような化学反応が起きているのか、リアルタイムで観測することができませんでした。阪田先生は、一度に複数の波長のX線を電気分解中の電極に同時に照射して、その蛍光X線を観測することで、電気分解中に電極の表面で何が起こっているのかを、リアルタイムで観測することに成功しました。この技術を応用することで、新しい電極触媒の開発や、効率のよい電池材料の開発等、カーボンニュートラル社会の実現に貢献することが可能となります。 

講演の後には、素朴な疑問から専門的な質問までさまざまな質問がありましたが、すべての質問に丁寧に答えました。 

講演2「X線顕微鏡だから見える、脱炭素化の未来」 KEK物質構造科学研究所 大東 琢治准教授 

大東准教授は、自身がこれまでかかわってきた様々な事例を基に、X線顕微鏡がカーボンニュートラル社会の実現にどのように貢献できるかについて話しました。 

顕微鏡は大きく分けて「光学顕微鏡」、「電子顕微鏡」、「X線顕微鏡」がありますが、大東准教授の開発しているX線顕微鏡は、光学顕微鏡に比べて分解能が良く、化学分析(試料の化学成分の測定)も可能です。電子顕微鏡に比べると、分解能はやや劣りますが、試料に与えるダメージが少なく大気圧中や水中での観測も可能です。大東准教授は、このX線顕微鏡の特徴を活かしてはやぶさ2が持ち帰った貴重な試料の分析を行い、小惑星における有機物の存在について重要な知見を得ることに貢献しました。 

それでは、X線顕微鏡はカーボンニュートラル社会の実現にどのように貢献しているのでしょうか。温室効果ガスの排出を減らすためには、エネルギー効率を向上させて化石燃料の消費を減らさなければなりません。講演では、大東准教授がX線顕微鏡を用いて行ってきた研究事例として、燃料電池の性能を制限している原因の解明や、自動車のタイヤの長寿命化のためのタイヤゴムの観測手法の開発が紹介されました。これらは、X線顕微鏡が試料にダメージを与えることなく、大気中でも観測できることを最大限に利用した研究となります。さらに、電極触媒や大気中のエアロゾルの観測など、様々な分野でX線顕微鏡が活躍していることが紹介されました。 

最後に、地球温暖化に関連して多角的にものを見ることの重要性を強調し、例として南方マンダラを紹介して「前後左右上下、いずれの方よりも事理が透徹して、この宇宙を成す」という、博物学者南方熊楠がマンダラに込めた思想を説明し、物事の一面だけを凝視し続けることの危険性を指摘しました。 

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