KEKの技術職員3人、日本加速器学会の年会賞(ポスター部門)を受賞

KEKの技術職員3人が、第19回日本加速器学会の年会賞(ポスター部門)を受賞しました。この賞は、研究活動・研究者生活の初期段階にある、学生および若手研究者を奨励することを目的とするものです。受賞した3人にお話を伺いました。

運転中の加速器における放射線量分布を簡単に評価

加速器研究施設の塩澤真未さん(技術員)は「ガフクロミックフィルムによるビームロス評価」という業績で受賞しました。ガフクロミックフィルム(一般名・ラジオクロミックフィルム)とは、放射線への暴露により変色するフィルムで、これを使ってビームロスにより発生する放射線を定量評価することを目指しました。

1)どんな研究をしていますか

このフィルムを用いて、運転中のフォトンファクトリー(PF)の加速器室内の放射線量分布を測定しました。分布がわかることで放射線に弱い機器を効率的に鉛ブロックで保護したり、新しい機器をインストールしたりする際の指標となります。

2)どんな工夫をしましたか

加速器室内の実環境で既存の放射線エリアモニターを用いて絶対値の較正を行ったことです。較正曲線を作成したことでフィルムの色の変化を積分放射線量に変換することができるようになりました。また市販の解析ソフトは比較的高価な上にブラックボックス化している部分も多かったため用いずに、Pythonを用いて解析プログラムを自作しました。フィルムの情報をデジタル化する際も一般的な反射式のスキャナーを用いることで、フィルムさえあれば今後は誰でも気軽に放射線量を測定できるよう工夫しました。

3)苦労されたことは何でしょう

精密な分布測定のために限られた時間内でたくさんのフィルムを設置する必要があったことです。多くの方に協力して頂いて、スケールに印を付けておくなどして効率的にフィルムの設置や回収を行いました。また絶対値の較正では、放射線エリアモニターがパルスに対して感度が鈍いということもあって、フィルムの変色度合いと積分放射線量の対応がなかなか取れず、較正曲線を作成するのに苦労しました。

4)得られた成果と今後の課題、そして抱負は

PFリング内には市販の放射線エリアモニターや先輩の開発されたロスモニター等がいくつかあってリアルタイムでモニターすることは可能だったのですが、各機器の設置されている場所でしか測定できませんでした。しかし今回、設置と回収が気軽に行えるフィルムを用いたことで、リアルタイムではないもののPFリング全体のビームロス分布を測定することができました。

今まで知られていなかったビームロスポイントを発見したり、運転停止後の調査だけではわからなかった運転中のロス分布を知ることができたりして良かったです。今後はPFだけでなく他の加速器でのロス分布の調査をしたいと思っています。あとは、加速器に関わる多くの方にガフクロミックフィルムを利用していただいて情報共有ができれば嬉しいです。

5)受賞されてどんな気持ちでしょう

加速器学会での発表は今回が初めてだったので驚いています。KEKにきて初めて主体的に取り組んだ仕事だったのでとても嬉しいです。思うように進まず落ち込むこともありましたが、こつこつやってきたことが評価されたのかなと思っています。アドバイス、ご協力いただいた多くの方に感謝しています。

6)他にコメントがあれば、なんでも

さまざまな分野の最先端技術の集合である加速器分野では、今回のように地味だけど役に立つテーマというのはたくさんあるので、ひとつひとつを大切にしていきたいです。そして、これからも新しいことや面白そうなことにどんどん挑戦しKEKや社会の役に立つ技術を作り、早く一人前の技術者になりたいです!

加速器冷却水に混じる「さび」を調べる

共通基盤研究施設の石田正紀さん(准技師)は「加速器冷却水系で発見された異物の化学的評価」という業績で受賞しました。加速器の冷却水系各所で発見されてきた固体異物(金属の腐食生成物)を体系的に整理し、まとめたものです。

依頼分析に使用しているX線回折装置と石田さん

この異物は、冷却水系で使用されている金属部品が水との接触で、さびる(腐食)ことで発生します。この「異物=金属さび」を調べることで、加速器冷却水中での腐食メカニズムを明らかにして、最終的に腐食の低減につなげるのが本発表の目的です。今回は異物の化学分析結果とそれに基づく腐食メカニズムの化学的考察をまとめました。

1)どんな研究をしていますか

放射線科学センター環境計測グループ 兼 環境安全管理室に所属する技術職員として働いています。環境計測グループ職員として、化学分析による研究支援を行っています。また環境安全管理室員として、排水の水質分析・実験廃液処理・薬品管理など、機構内の化学安全、環境安全に関わる管理業務に従事しています。

2)どんな工夫をしましたか

今回の発表の中心は、異物の成分を定量的に評価したことです。複数の異物を定量評価しているため、結果は多岐にわたります。発表に際しては、分析結果(含有元素、回折パターン、定量値)を並べるだけでは伝わらないと思い、外観画像とセットで結果を紹介しました。外観と結果をひもづけることで、直観的に理解しやすいよう心掛けました。

3)苦労されたことは何でしょう

新たに実施した「リートベルト解析」の習得に少し苦労しました。オランダの結晶学者の名にちなむこの解析法は、X線回折パターンから各構成成分の質量構成比など、さまざまな情報を引き出せるものです。この解析法は古くから行われている歴史あるものですが、私は経験がなかったため、最初は解析の進め方が分からず戸惑いました。専門書での学習に加え、機構内外の専門家や経験者の方々に積極的に話を伺い、基本的解析ができる程度には習得できました。

4)得られた成果と今後の課題や抱負は

加速器冷却水中の異物を放置すると、詰まり等による冷却効率の低下等を招き、加速器の正常運転に支障をきたす可能性があります。最悪の場合、水漏れ・予期せぬ加速器の停止につながりかねません。現在は冷却水系を管理する方々の不断の努力により対処されています。少しでも冷却水管理の省力化・効率化に寄与できないかと思い、異物発生の低減を目的に今回の仕事に着手しました。

これまでにも異物の分析は複数実施してきましたが、構成成分を調査するだけで、異物間の比較や定量的評価は行っていませんでした。今回は、異物を発見場所ごとに整理・体系化してそれぞれで外観に違いがあることを示し、その違いの定量的評価法を提示しました。これを足掛かりに異物の発生過程の詳細な理解及び発生の低減につなげたいと考えています。

このテーマは異物を分析しているだけでは意味がなく、冷却水管理における現場の課題を適切に反映することが重要です。今回は私の実力不足もあり、十分な話を聞けないまま学会当日を迎え、これまでの分析事例紹介的な内容となってしまいました。今後は分析結果をどのように活用できるかに注力し、更なる調査・検討を進めたいと思います。

5)受賞されてどんな気持ちでしょう

驚きました。化学的な内容だったこともあり、他の発表とはバックグラウンドの違いを感じ、聞きに来てくれる人がいるのだろうかと思っていました。当日は多くの方々が聞きに来てくれて、本テーマに関連する内容に興味を持ってくれる人達がいることを実感し、今後のモチベーションにつながりました。

6)他にコメントがあれば、なんでも

この賞を励みに、より機構に貢献できる仕事をしていきたいと思います。

高放射線下で標的の状態をしっかりと把握

素粒子原子核研究所の武藤史真さん(准技師)は「J-PARCハドロン回転標的監視のための耐放射線変位センサの開発」という業績で受賞しました。J-PARCハドロン実験施設の性能向上のために重要な技術です。

新型回転標的と状態監視用の変位センサーと武藤さん

1)どんな研究をしていますか

J-PARCハドロン実験施設では陽子ビームを標的にぶつけてK中間子やπ中間子といった二次粒子を生成し、さまざまな実験に供給しています。多くの素粒子実験においては、統計量の多寡が実験の成功を左右するため、現在の64kWから100kWを超えるビーム増強を目指して新しい冷却方式の標的開発に取り組んでいます。

新しい冷却方式では、100kW大強度ビームによる発熱・金属疲労に耐えるため、高速回転する円板を標的として用います。標的自身が回転していることから非接触で温度、回転速度、偏芯度など多くのパラメータを測定する必要があり、標的の直近という極めて高い放射線環境に耐えうる測定器でなければなりません。このように従来の固定標的より状態監視が難しい回転標的を高放射線環境下でも効率よく監視できるようにするための測定システムを開発しています。

2)どんな工夫をしましたか

標的近傍に設置できる測定機器は限られているので、1つの測定器で多くの情報が得られる測定方法を考案しました。円盤標的の側面方向の動きが分かるように変位センサーを取り付けたことで、円盤標的の偏芯運動だけでなく、回転速度、熱膨張、標的が入っているチェンバーのHe濃度などの標的の状態監視に必要な多くの情報を得ることが出来ます。このように、開発した変位センサーを純粋な「変位」のみの測定に用いず、使い方次第でさまざまな物理量を高放射線環境下でも測れるように工夫しました。

3)苦労されたことは何でしょう

高放射線環境下で長時間動作可能な変位センサーを実現するために、センサーのプローブは全て無機材料のみで製作する必要がありました。一般的な測定器には、絶縁材料としてゴムやエポキシ樹脂などが含まれていますが、標的近傍のような非常に放射線量の高い場所では劣化が激しく寿命が非常に短くなります。セラミックと金属のみで作るプローブでは、測定精度と工作精度のバランスにも苦労しました。

4)得られた成果と今後の課題や抱負は

今回開発した耐放射線性変位センサーはプロトタイプなので、まだまだ回路やプローブ構造の改良が必要です。加えて回転標的と組み合わせての実証試験を行い、ビームラインへのインストールに向けて開発を行っていきます。

5)受賞されてどんな気持ちでしょう

正直、受賞するとは思っていませんでした。頂いた賞に実力が追い付くように努力していこうと気が引き締まりました。

6)他にコメントがあれば、なんでも

今回の耐放射線変位センサー開発は一人だけの力で達成できたものではありません。素核研ハドロングループの皆さんからの多くのアドバイス、手助けによって支えられて実行出来たことです。この記事の場を借りて、深く感謝したいと思います。

(聞き手・橋本義徳)