2025年
07/16
開催
開催日時
2025/07/16(水)15:30〜16:30
開催場所
東海キャンパス1号館116室&Zoom
講演者
周 健治(理化学研究所 創発物性科学研究センター 研究員)
言語
日本語
お問い合わせ
mihoiga@post.kek.jp
ポジトロニウムのレーザー冷却/精密分光について
電子とその反粒子である陽電子から成る水素様原子「ポジトロニウム(Ps)」は、高精度な理論計算が困難な内部構造を持つ陽子のような核子を含まず、標準模型に基づいてエネルギー準位を高精度に計算できる稀有な系である[1]。標準模型では、暗黒物質の正体や、なぜ反物質が現在の宇宙に残っていないのかといった根本的な問題が未解明のままであり、理論のどこかに綻びがあると考えられている。その影響がPsのエネルギー準位にも現れる可能性がある。現在、Psの実験精度は理論計算精度より1桁程度悪く、精密な測定を可能にするブレークスルーが求められている。
レーザーを用いた精密分光では、並進運動によるドップラー効果が測定精度を制限するため、対象原子の冷却が効果的である。通常の原子に対しては、レーザー光による冷却手法(レーザー冷却)が確立している。Psに対しては1990年代にレーザー冷却の適用が提案されたが[2]、30年間実現していなかった。その主な理由は、陽電子を人工的に生成する必要があり大量生成が困難なこと、約142ナノ秒という短寿命であることにある。軽いほど冷却に要する時間が短くすむため、最軽量の「原子」であるPsでは短寿命でもレーザー冷却が可能とされたものの、水素の約1/900という極端な軽さゆえに、従来にない時間・周波数構造をもつレーザー光が必要となり、実現を妨げてきた。
具体的には、広い速度分布に対応するための広い光周波数分布と、遷移周波数近傍でのレーザー「加熱」を抑制する急峻なカットオフ、さらに数百ナノ秒の照射持続時間が必要である。これらの条件を満たすため、我々はchirped pulse-train generatorと呼ぶ新たなレーザー光源を考案し[3]、対応するパルスレーザーを開発した[4]。
このレーザー光を、KEK物質構造科学研究所低速陽電子実験施設のショートパルスモード(パルス幅14ナノ秒)の低速陽電子ビームと高効率Ps生成材料により大量生成されたPsに適用した。さらに、高感度化したPsの速度分布測定手法と組み合わせることで、Psの世界初の1次元レーザー冷却の実現とその観測に成功した[5]。本講演では、Psのレーザー冷却実験と、冷却したPsを用いた精密な測定の展望について述べる。
参考文献
[1] G. S. Adkins, D. B. Cassidy, and J. Pérez-Ríos, Physics Reports 975, 1 (2022).
[2] E. P. Liang and C. D. Dermer, Optics Communications 65, 419 (1988).
[3] K. Yamada, Y. Tajima, T. Murayoshi, X. Fan, A. Ishida, T. Namba, S. Asai, M. Kuwata-Gonokami, E. Chae, K. Shu, and K. Yoshioka, Phys. Rev. Applied 16, 014009 (2021).
[4] K. Shu, N. Miyamoto, Y. Motohashi, R. Uozumi, Y. Tajima, and K. Yoshioka, Phys. Rev. A 109, 043520 (2024).
[5] K. Shu, Y. Tajima, R. Uozumi, N. Miyamoto, S. Shiraishi, T. Kobayashi, A. Ishida, K. Yamada, R. W. Gladen, T. Namba, S. Asai, K. Wada, I. Mochizuki, T. Hyodo, K. Ito, K. Michishio, B. E. O’Rourke, N. Oshima, and K. Yoshioka, Nature 633, 793 (2024).