令和3年度物構研コロキウム 第4回「中性子で観る量子物質の準粒子構造」

開催日時

2021/07/12(日)16:00〜17:15

開催場所

Zoomミーティング

講演者

益田隆嗣准教授(東京大学 物性研究所)

言語

日本語

お問い合わせ

naomi.nagata@kek.jp


概要

(物構研コロキウム第4回のご聴講をご希望の方は上記のURLより参加登録をお願いします。受付確認メールにて、Zoom接続情報をお送りします。)
要旨:
物性物理学の究極の目標は、物質のありのままの姿を原子レベルのミクロな眼で見ることである。静的な構造の観測については、電子顕微鏡やコヒーレントX線回折の進歩により、ナノスケールの実空間観測が現実のものとなっている。一方運動状態については、物質を構成する原子の数があまりに多いため、実空間での運動をそのまま観測することは意味を持たない。古典力学では、数多くの質点からなる連成振動は、波数で特徴づけられる固有振動の足し合わせとして理解される。量子力学が支配するミクロな世界では、固有エネルギーと固有モードを持つ波数空間における粒子、すなわち準粒子の足し合わせで理解される。つまり、物質の運動のありのままの姿をミクロな眼で見ることは、準粒子構造を波数空間においてくまなく探査することに他ならない。原子や電子とともに、スピンが主要な役割を演じる量子物質の世界を見るためには、中性子ビームを光とし、その分光器を眼とする研究スタイルが有力である。私はJ-PARC MLF施設に設置された高エネルギーチョッパー分光器(HRC)をはじめとする中性子分光器を用いて、量子物質の準粒子構造の研究を行っている。
 一般に準粒子は、秩序変数の位相と振幅の揺らぎに対応する2つのモードで記述される。位相モードは南部ゴールドストーン(NG)モードとも呼ばれ、結晶の音響フォノンや磁性体のマグノンが良く知られている。振幅モードは結晶の光学フォノンが古くより有名であるが、ヒッグス素粒子の発見に触発されて、近年では量子臨界点近傍の磁性体においてヒッグス振幅モードの実験的検証が数多く行われるようになった。最近我々は、スピンS = 1三角格子反強磁性体CsFeCl3において、圧力により結合パラメータをコントロールすることで量子臨界点近傍のマグノン準粒子構造を中性子散乱により研究した。常圧では量子無秩序相が安定であるが、圧力印加により磁気秩序状態が安定化する[1]。我々はマグノン準粒子スペクトルを収集・解析することによりモード反発を観測した。これにより、磁気構造の非共線性を起源とするNGモードとヒッグスモードのハイブリッドモードの存在を初めて明らかにした[2]。量子臨界点近傍におけるハイブリッド励起は磁性体のみならず、電荷密度波系、スピン密度波系、冷却原子系など自発的対称性が破れた系一般に存在しうるものであり、今後さまざまな系での検証が期待される。また、運動状態の圧力変化から、量子臨界点をまたぐことでスピン熱伝導が大きくなることやスピン波の速さが大きくなることが予想された。このことは、圧力による熱流やスピン流の制御の可能性を示唆する。
本講演では、ハイブリッドモードの観測のほかにも、私のグループの最近の研究結果について紹介する。
[1] S. Hayashida et al., Phys. Rev. B 97, 140405 (2018).
[2] S. Hayashida et al., Sci. Adv. 5, eaaw5639 (2019), 益田隆嗣他, 日本物理学会誌 76, 23 (2021).