本研究成果のストーリー
Question
素粒子ミュオンを加速器で加速できると、素粒子物理学や物質生命科学、地球科学など、さまざまな分野での活用が期待されます。ミュオンは、ミュオン g-2/EDM 実験と呼ばれる素粒子標準理論のほころびの超精密検証実験などに有用ですが、加速は技術的に難しく、成功例はありませんでした。
Findings
加速器を用いて人工的につくったミュオンは、向きや速さのばらつきが大きく上記のような実験に適しません。しかしプラスの電荷を持つミュオン(ミュオンの反粒子の正ミュオン)なら、ほぼ止まるまでいったん減速して向きや速さをそろえる(冷却する)ことができます。今回、正ミュオンを改めて光速の約 4%まで加速することに世界で初めて成功しました。
Meaning
研究グループではこれまで冷却・加速技術の開発を続けてきており、今回初めて、素粒子ミュオンそのものの冷却・加速ができることを示しました。標準理論の超精密検証実験を始めるための大きな一歩となります。加速ミュオンを用いた全く新しいイメージングによって、ミュオン顕微鏡、文理融合研究などさまざまな応用も検討されています。
概要
ミュオン(ミュー粒子、ミューオンともいいます)は電子に似た素粒子です。1936年、空から降り注ぐ宇宙線として初めて見つかりました。宇宙線由来の天然のミュオンを使ってピラミッド内部を透視することなどが行われていますが、現在では加速器で人工的・大量につくれるようになり、さまざまな活用が始まっています。
加速器でミュオンを作るにはまず、陽子加速器で陽子を光速近くまで加速します。そして加速された陽子を黒鉛などの標的にぶつけると、パイ中間子と呼ばれる粒子ができ、それが崩壊してミュオンができます。
茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)では、1秒間に1億個ぐらいのミュオンができますが、できたミュオンは、陽子、パイ中間子を経た「孫粒子」なので、向きや速さがかなりバラバラになっています。そのままで使える実験もありますが、ミュオンg-2/EDM実験などには不向きです。
ミュオンはマイナスの電荷を持つものとプラスの電荷を持つものがあり、お互いに粒子・反粒子の関係にあります。プラスの電荷を持つミュオンを正ミュオンといいますが、これはほぼ止まるまで減速して向きと速さをそろえる(冷却)することができます。いったんほぼ止まったあと電場で加速すれば、向きと速さのそろった指向性の高いミュオンのビームとなります。
向きや速さがそろっていないミュオンは加速が難しいのです。加速に使う加速空洞は真空の筒のようなものですが、向きがバラバラだと筒に効率よく入れることができません。また速さが不ぞろいだと加速の効率が悪くなります。
J-PARCでは、陽子加速器でできた光速の30%程度の速さを持つ正ミュオンをシリカエアロゲルと呼ばれる材料に打ち込みます。正ミュオンはシリカエアロゲル中の電子と結びついてミュオニウムという中性原子になります。そしてレーザーを照射して電子をはぎ取って正ミュオンに戻すことにより、いったん光速の0.002%という「ほぼ停止状態」まで冷却された正ミュオンを得ます。
その後、高周波電場をかけて改めて正ミュオンを加速します。ほぼ止まっていた正ミュオンなので、加速すればするほど向きがそろった飛躍的に指向性が高いミュオンビームが実現し、さまざまな実験に使えます。
今回、KEK、岡山大学、名古屋大学、九州大学、茨城大学、日本原子力研究開発機構、新潟大学の共同研究グループは、J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)のミュオン実験施設において、ミュオンの冷却技術、高周波加速技術を組み合わせることで、正ミュオンを光速の約4%まで加速する技術の実証に成功しました。世界初の成果になります。
ミュオンの寿命は2マイクロ秒(100万分の2秒)ほどしかなく、素早く加速しないと崩壊してしまいます。また電子より200倍重いので段階的に加速する必要もありますが、技術開発を進め、最終的には光速の94%まで加速する予定です。
ミュオンの加速技術にめどがついたことで、世界で初めての「ミュオン加速器」の実現が視野に入り、2024年は「ミュオン加速元年」とでも呼ぶべき年になりました。加速されたミュオンを使ったさまざまな研究が進むことが期待されます。
詳しくは プレスリリース をご参照ください。
今回の成果に関する記者向け勉強会が6月5日にあります。詳しくは こちら をご覧ください。
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