世界最高のプロトン伝導度を示す完全水和した酸化物を発見

中低温で高性能な燃料電池につながる新しい材料設計戦略

東京工業大学
高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター

(a)BaSc0.8W0.2O2.8と代表的なプロトン伝導体のプロトン伝導度の比較(b)BaSc0.8W0.2O2.8と代表的なプロトン伝導体の酸素空孔量、水の取り込み率とプロトン濃度yの比較(© Royal Society of Chemistry)

要点

○中低温で世界最高のプロトン伝導度を示す新物質BaSc0.8W0.2O2.8を発見
○高いプロトン伝導度の要因をプロトン濃度と拡散係数の観点から解明
○中低温で高性能なプロトンセラミック燃料電池(PCFC)などの開発に期待

概要

東京工業大学 理学院 化学系の齊藤馨大学院生、梅田健成大学院生、藤井孝太郎助教、八島正知教授らの研究グループは、従来とは全く異なる新しい材料設計戦略により、中低温域(50〜500℃)で世界最高のプロトン(H+、水素イオン)伝導度(用語1)を示す新物質BaSc0.8W0.2O2.8(用語2)を発見した。さらに、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の森一広教授と共同で測定した中性子回折(用語3)データを用いた結晶構造解析と理論計算から、新物質の高プロトン伝導度の要因を明らかにした。

現在実用化されている固体酸化物形燃料電池(SOFC)は動作温度が高いため、中低温で高いプロトン伝導度を示す材料を用いたプロトンセラミック燃料電池(PCFC)の開発が期待されている。プロトン伝導体(用語4)のプロトン伝導度はプロトン濃度とプロトン拡散係数の積に比例するが、従来の設計戦略であるアクセプタードーピング(用語5)では、プロトン濃度とプロトン拡散係数が低くなるという課題があった。

一方、八島教授らの研究グループは最近、本質的な酸素空孔(用語6)を持つ酸化物BaScO2.5へのMo6+ドナードーピング(用語7)により、中低温で世界最高のプロトン伝導度を持つBaSc0.8Mo0.2O2.8(用語8)を発見した。しかしこの材料は、水の取り込み率(用語9)が100%ではなく、伝導度をさらに向上させる余地があった。

本研究では、同じBaScO2.5にMo6+よりサイズが大きいW6+ドナーをドーピングすることで、中低温で高プロトン伝導を示す新物質BaSc0.8W0.2O2.8を発見した。さらに、中性子回折データを用いた結晶構造解析と第一原理分子動力学シミュレーション(用語10)により、この物質の高いプロトン伝導度の要因は、(1)大量の酸素空孔と完全水和による高いプロトン濃度、(2)プロトントラッピング(用語11)の減少による低い活性化エネルギーが原因の高い拡散係数にあることを明らかにした。 本研究成果は2024年5月3日(英国時間)に英国の王立化学会の学術誌「Journal of Materials Chemistry A」に掲載された。

用語説明

(用語1)プロトン伝導度:プロトンが伝導することによる電気伝導度。

(用語2)BaSc0.8W0.2O2.8:バリウム、スカンジウム、タングステンおよび酸素から構成される酸化物。本質的な酸素空孔を持つ母物質BaScO2.5において、Scの一部をWで置換した酸化物である。今回合成したBaSc0.8W0.2O2.8が水和すると、化学組成はBaSc0.8W0.2O2.8·x H2O=BaSc0.8W0.2O2.8−x(OH)2x(0<x≦0.2)となり、OHの形で水が取り込まれる。

(用語3)中性子回折:中性子による回折。重元素と、酸素などの軽元素の両方を含む物質では、軽元素の中性子散乱コントラストがX線散乱コントラストと比べて相対的に高いことが多い。そのため、X線回折ではなく中性子回折データを用いた構造解析によって、軽元素の原子の原子座標、占有率と原子変位パラメータを正確に決めることができる。本研究ではKEKとJAEAが共同運営する大強度陽子加速器施設J-PARCの特殊環境中性子回折装置 SPICAを用いた。

(用語4)プロトン伝導体:外部電場を印加したときにプロトンが伝導する物質。プロトン伝導体には、純プロトン伝導体やプロトン-電子混合伝導体などがある。

(用語5)アクセプタードーピング:あるホスト化合物に含まれる陽イオンよりも価数の低い陽イオン(アクセプター)をドープすること。例えば、 Zr4+より価数の低いY3+をBaZrO3にドープするのがアクセプタードーピングである。アクセプタードーピングにより、電気的中性を保つために酸素空孔(結晶中の酸素が存在しうる席で原子が欠けている所)が形成される。水和では、この酸素空孔に水蒸気(H₂O)のO原子が取り込まれ、酸化物中にプロトン(H⁺)が導入される。

(用語6)本質的な酸素空孔:化学置換を行っていない母物質に存在する酸素空孔。例えば蛍石型Bi2O3は本質的な酸素空孔□を使ってBi2O3□と書くことができる。本研究で発見したBaSc0.8Mo0.2O2.8の母物質BaScO2.5はBaScO2.50.5と書くことができる。本質的な酸素空孔を持つ酸化物はプロトン伝導体あるいは酸化物イオン伝導体として注目されており、本質的な酸素空孔を持つイオン伝導体は新しい研究分野である。

(用語7)ドナードーピング:あるホスト化合物に含まれる陽イオンよりも、価数の高い陽イオン(ドナー)をドープすること。ドナーは、ホストカチオンに比べて価数が大きいので、有効電荷がプラスとなり、プロトンをトラップしないと期待される。

(用語8)BaSc0.8Mo0.2O2.8:バリウム、スカンジウム、モリブデンおよび酸素から構成される酸化物。本質的な酸素空孔を持つ母物質BaScO2.5においてScの一部をMoにより置換した酸化物である。

(用語9)水の取り込み率:酸素空孔量に対する、水和した水の量の割合。

(用語10)第一原理分子動力学シミュレーション:実験データなどの経験パラメータを用いずに、原子の種類と数と初期配置から量子力学に基づいて電子状態を計算することで、原子間に働く力を見積もり、物質における原子の運動や物質の性質を調べるシミュレーション。

(用語11)プロトントラッピング:プロトンが材料のある場所付近に捕捉されること。アクセプターをドープしたプロトン伝導体では、アクセプターはホストカチオンに比べて価数が小さいので、アクセプターの有効電荷はマイナスであり、静電引力によりプロトンをトラップ(捕捉)する。

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