点字本「宇宙と物質の起源」の制作について

「私たちはなぜ存在」根源的な問いをみんなで

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所
国立大学法人 筑波技術大学

点字本「宇宙と物質の起源」収録の触図(左)と確認をしている様子(右)

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所は、国立大学法人 筑波技術大学と共同で点字本「宇宙と物質の起源『見えない世界』を理解する」を制作しました。「私たちがなぜ存在できているのか」という根源的な問いについて、視覚障害のある方も一緒に考え、親しんでもらうことができる本です。

宇宙は138億年前、極小のエネルギーの塊から誕生し、そこから物質、地球、生命が生まれてきました。その過程は完全には解明されていないのですが、KEK素粒子原子核研究所の研究者がこれまでの知見や、今後の研究で解明が期待されることなどをやさしく解説した入門書です。

人文科学系の図書は点訳が比較的容易ですが、自然科学系の図書は内容に精通した点訳者が少なく点訳や触図作成が難しいため、あまり流通していません。そのため視覚障害者が物理学など自然科学に触れるのは難しい状況があります。

KEK素粒子原子核研究所では、宇宙や物質について「もっと知りたい、学びたい」という視覚障害者の思いにこたえるべく、この本を企画しました。

研究者10人がテーマごとに分担して執筆した原稿を、筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センターのチームが点訳を行いました。

筑波技術大学では、在籍する視覚障害の学生達のために普段から教科書などの点訳を行っていますが、今回のように、素粒子の分野の点訳を執筆者と共同で行うことは初めてでした。一般的な点訳は、すでに出版されている書籍が対象ですので、視覚障害者にわかりづらい文章や図の表現が含まれていることがあります。そのような場合でも、点訳者が原本を解釈して点訳を行い、点字本を作成します。しかし、今回の点字本の作成ではそれとは異なり、執筆者が原稿を執筆した後、視覚障害当事者による試読を経て文章を校正して、視覚障害者にわかりやすい表現に修正しました。

特に今回の点字本では、書籍中のグラフや概念図のほとんどを省略することなく、文章と触図(視覚障害者が触って読むために紙面を盛り上がらせた図)で表現しましたが、よりよい表現を目指して、昨年の夏の1カ月間にわたって、点字の専門家である筑波技術大学教職員と素粒子分野の専門家である執筆者が議論を重ねました。その結果、視覚障害者が触って楽しみながら学べる点字本に仕上がったと自負しています。

点訳チームのメンバーの一人で、視覚障害当事者でもある田中仁(たなか・ひとし)筑波技術大学講師は「点字は、ルイ・ブライユの創案以来、見えない人たちの新たなチャレンジとともに進化してきたものです。言葉、楽譜、数式、化学式、情報処理、図・表にわたる点字表現の豊かさはブラインドのチャレンジの証です。点字表現の可能性を信じて点訳しました。ぜひご覧ください」とコメントしています。

KEK素粒子原子核研究所の齊藤直人(さいとう・なおひと)所長は「今回のプロジェクトで、視覚障害者にも、宇宙と物質の謎について一緒に考えてもらえるようになったら嬉しいです。今回とても印象的だったのは、視覚障害者が視覚以外の情報から対象を理解しようとするその集中力と情熱の深さです。もともと目には見えない素粒子や量子場を研究している我々は、いわば手探りで理解を積み上げていくという意味では、視覚障害者と同じ立場にあります。力を合わせて一緒に探求できれば、新たな理解が生まれるのではないかと期待しています」とコメントしています。

視覚障害のある試読者の一人は「元素の遷移を元素・陽子・電子・ニュートリノなどの記号を用いて解説したり、ヒッグス場のポテンシャルエネルギーを示す式を提示したりして丁寧に解説していてとても興味を引かれました。ここまで踏み込んで解説してくれる一般の解説書はあまりなく、これが点字で提供されるというのはとてもありがたいことです。踏み込んだ解説であるだけに何度も読み込む必要があると思いますが、それだけに新しい知識を得るための重要な図書になると感じました」との感想を寄せています。

今回の点字本は、書籍の本文部分が掲載された点字版と、書籍の図の部分が掲載された触図版で構成されています。触図版は個人や大学、研究機関などに貸し出しが可能です。大学や学校の図書館、視覚障害者情報提供施設等にブルーバックスの書籍と触図版のセットを寄贈する予定です。また点訳版と触図版のデータは国立国会図書館と、KEK、筑波技術大学のリポジトリ(大学や研究機関の知的生産物の提供システム)に登録され、ダウンロードが可能です。利用は無料です。リポジトリへのリンクは下記をご参照ください。

https://www2.kek.jp/ipns/ja/braillebook_project/

筑波技術大学の前身の筑波技術短期大学は、KEKの前身である高エネルギー物理学研究所の西川哲治・第2代所長の尽力などで設立され、初代学長には高エネルギー物理学研究所の共通研究系研究主幹だった三浦功氏が就任しました。その後も協力が続いています。

なおこの本の原本となったブルーバックス「宇宙と物質の起源『見えない世界』を理解する」(講談社)は3月に発売され、書店でお求めいただけます。執筆者の受け取るブルーバックスの印税は全額、寄附され、視覚障害者向け図書普及のために使われます。

詳しくはプレスリリースをご参照ください。

お問い合わせ先

<本の内容に関すること>

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 広報室
Tel: 029-879-6047
e-mail: press@kek.jp

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 広報担当
e-mail: ipns-pr@ml.post.kek.jp

<点字本(点字版、触図版)に関すること>

国立大学法人 筑波技術大学 広報室
Tel: 029-858-9311
e-mail: kouhou@ad.tsukuba-tech.ac.jp