【KEKのひと #7】100キロマラソン走破! 素核研教授 三原智(みはら・さとし)さん

「ワラーチ(写真)は、ゴム底と紐だけでできているもので裸足に近い状態で走れます」と語る
素核研教授・三原智さん(撮影:高橋将太)
「走る研究者」なのか、「物理もできるランナー」なのか。先日、積算高低差2,600メートル以上の過酷な大自然の中、100キロを走るウルトラマラソンを完走したKEK素粒子原子核研究所教授の三原智さんに、マラソンと研究についてインタビューしました。

―走り始めたきっかけを教えてください。

「2003年から5年間、東大に在籍しつつ、スイスのフィリゲン村にある研究所でミューオンの崩壊を研究する実験に携わっていました。好きなように食べて飲んで、実験していたので、2008年、39歳でKEKに来た時に、健診で中性脂肪値が異常に高く出ました。医師に相談すると、運動をして、食生活を変えなさい、と言われたことがきっかけです」

―それで走り始めたのですね

「はじめは2キロも走れなかったですよ(笑)まずは、3年後につくばマラソンに出ることを目標にしました。3年間準備していく間に、体が変わっていくのがわかる。つくばマラソンを走ったら、その達成感とともに、まだまだ世の中には速い人がいるのだ、と思うとどんどんのめり込んでいきました」

―走ることと、研究は何か共通点はありますか。

「ミューオンという素粒子の崩壊現象で、何10〜100兆回に1回という非常にまれな確率で起こると予想されている崩壊現象を探す実験をしています。そのためには様々な部分を改善しながら装置の性能を高めていき、長期間にわたって安定な状態を保ちながら測定を続けなければいけない。マラソンのレースも似ていて、体のどこをどう鍛えればタイムが良くなるというのが、とても理にかなっている。測定器をつくるように、自分の体をうまく制御しながらレースに持っていきます」

―先日、100キロのウルトラマラソンも完走されたそうですね。

「実験をやっていても、やっているうちに別の実験をやってみよう、となる。マラソンも、やっているうちに道路だけではつまらなくなって、トレイルランをやったり、より難しいものへと、ウルトラマラソンに挑戦したり。やっている間は非常につらいのですが、終わった時の達成感と、もっと難しいことをやってみよう、そのためにはどうしよう、と考えていくのは実験もマラソンも共通していますね」

100kmウルトラマラソンを完走した三原さん

―走っているときは何を考えているのですか。

「ゆっくり走っている時には、周りの景色が目に入り、今日この後どうしようとか、いろいろなことを考えます。逆に、速いペースで走っているときは、走ることに集中して何も考えなくなる。たとえて言うなら座禅をしているような感じでしょうか。記憶がリフレッシュされる感覚があります」

―それは研究にもつながりそうですね。

「物理のことや装置のこと、グループのこと、研究資金のこと、実験のスケジューリングのこと、発表のプレゼン内容のことなど、研究者は一日の中でいろいろなことを考えていますが、それをどこかでリセットしてやると、次のクリエイティブな仕事につながる。研究にはすごく大事です。コンピューターも何日かに一回シャットダウンして一回白紙に戻すでしょう。一見効率が悪そうに見えるけど、うまくいくことが多いのではと思います」

―ワラーチというランニング用のサンダルも自作されているそうですね。

「素粒子実験の研究者は、誰も見つけていないものを見つけるため、動作原理から考えてなんでも自分で作ることが多く、そういう研究スタイルを好みます。ワラーチは、ゴム底と紐だけでできているもので、裸足に近い状態で走れます。とても走りにくいですが、人間が歩いたり走ったりするのに大事な部分がどこだかがわかります。シューズは人間の足が疲れないように出来ているので、筋肉や関節も守られていて身体のどの部分が走ることに大事なのか気づかないことが多いのです。ワラーチではそういった部分が刺激を受けるので、走るという動作にとって本当に必要な身体の部分がどこなのかということに気付かされて面白いのです」

―今後の目標は。

「45歳の時に、『50歳までにやりとげたい3つのこと』を掲げました。1つ目は、実験で探しているミューオンの稀な現象を見つけること。2つ目は、フルマラソン3時間以内。3つ目は100キロマラソン10時間以内。来年2月に50歳になります。1つ目では、実験感度で世界記録は達成したけど、ちょっと無理そうかな。あとの2つはもしかしたら達成できるかもしれません」

―それを達成したらまた、次の目標が出てくるわけですね。

「走ることも研究も、失敗することもありますが、やっていること自体が楽しいです。自分にとって、走ることはご飯を食べるのと同じで生活の一部。研究にも生活にも、厚みを与えてくれます。研究も、走るのも、年をとってもずっと続けていくのだろうなと思います」

(聞き手 広報室・牧野佐千子)

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