【KEKのひと #20】宇宙の成り立ちを探る冒険の旅 長谷川雅也(はせがわ・まさや)さん

「宇宙の成り立ちを探りたい」という長谷川雅也さん(撮影:高橋将太)
宇宙マイクロ波背景放射(CMB)※1の観測で宇宙ができた瞬間の跡をとらえようとしようとしている素粒子原子核研究所の研究機関講師長谷川雅也さん。宇宙の成り立ちを探るため、南極や南米チリの高地など、地球の裏側まで観測に適した地を求めて実験のための冒険に出かけます。12月の公開講座の講師を務める長谷川さんにインタビューしました。

―現在はどのようなことを研究されているのですか?

「CMBというものを精密に観測することで、宇宙の誕生の様子を調べています。宇宙ができた瞬間、宇宙全体が揺れていたと考えています。その波が重力波ですね。宇宙で一番初めの重力波をとらえたい、というのが研究の目的です。」

―どのような装置で観測できるのですか?

「POLARBEAR(ポーラーベア)※2という超伝導検出器を搭載した電波望遠鏡を南米チリのアタカマ高地というところに設置して観測しています。CMB観測では大気が邪魔になるのですが、高度5200メートルのところにあり、乾燥していて空気が薄いので、観測に適しているのです」

―それくらい高いところだと、実際に行くとなるとかなり大変そうですね。

「これまで十数回行って、通算で半年くらい滞在しましたが、まだ慣れないですね。初日は動くなと言われるのですが、何かと動いてしまう。それで、酸欠で顔が真っ青になってしまったこともあります。でも周囲60キロくらい岩だらけの火星みたいなところでぽつんと宇宙の観測をしていると、日常とかけ離れた世界で、不思議な感覚に陥って、わりと楽しいです」

―これまではどのような実験に参加されてきたのですか。

「学部時代は東北大でニュートリノ振動を研究するKamLAND※3実験に1年間だけ参加していました。その後京大に進学し、K2K実験※4に5年間参加。そのあとポスドク(博士研究員)でKEKに来てBESS実験※5に携わり、南極に行きました。それで今はチリでCMBの研究をしています」

―いろいろな実験に参加されているのですね。

「あまり深く考えないんですよね。面白そうな実験があったらやってみようかな、と。多分大学院時代の先生方の指導のたまものと思います(笑)。でも『宇宙の成り立ちとどう進化してきたか』を探りたいというのは共通のテーマですね。めぐり合わせや周りの人にも恵まれているなと思います」

―南極にはどのくらい行かれていたのですか?

「4ヶ月くらいです。ここもアタカマ以上に、辺り一面何もないところでしたが、最新鋭の精密機器を持ち込んで観測実験をして、物理の知見を得られるというおもしろさを感じました。マクマード基地というところに滞在して、その中にいれば食事なども美味しく、快適なのですが、一歩外に出るとクレバス(氷の割れ目)に落ちてしまう事故に遭うなど、危険を伴う場所です」

CMBのセンサーを開発中の長谷川雅也さん(撮影:高橋将太)

―今後の目標は?

「ポーラーベアのセンサーは現在のものは約1200個ですが、それを約8000個に増やしたポーラーベアIIを完成させて、来年にはアタカマに持っていきたいです。今KEKで鋭意製作中です。ポーラーベアIIで原始重力波が発見できたら最高ですね」

―公開講座はどんな人に聞きに来てほしいですか?

「特に中高生くらいの若い世代の人ですね。今の中高生が研究者になる頃に『ライトバード衛星』が打ちあがる予定で、タイミング的にもちょうど面白い時期なんです。自分も高校時代、佐藤勝彦先生※6の講演を聞いて『宇宙のはじまりってちゃんとした物理の研究テーマなんだ』と刺激を受けた経験があります。同じ様に何か刺激を受けてもらって、将来一緒に研究する人が出てきたらうれしいですね。」

―趣味はありますか?

「4歳と1歳の子どもたちと散歩するのが楽しいです。自分では気が付かない目線で景色を見ているので新鮮です。口癖や口調を真似されて、ハッとさせられたりもしますね(笑)」

―ありがとうございました。

(聞き手 広報室・牧野佐千子)

◎長谷川さんは12月のKEK公開講座の講師を務めます。

用語解説

※1 宇宙マイクロ波背景放射(CMB)…宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background, CMB)のこと。その偏光パターンを観測し、原始重力波の痕跡を探索することが実験の最先端。それにより、宇宙創成の謎に探る

※2 POLARBEAR(ポーラーベア)…実験グループはアメリカ、日本、カナダ、イギリス、フランスの5カ国、カリフォルニア大学バークレー校やKEKなどの9つの大学や研究機関からなる国際コラボレーションで、約40名の共同研究者が協力して実験を進めている。超伝導技術を用いた 1000 個以上の素子からなる光検出器、それらの大量の素子からデータを読み出す技術や大型の望遠鏡などを用い、世界最高レベルの CMB 偏光測定感度を達成することを目指す

※3 KamLAND実験…液体シンチレーターという特殊な液体を使ったニュートリノ検出実験。東北大学ニュートリノ科学研究センターが中心となり米国からの多数の研究者の協力を得て総勢80名余りのスタッフ、研究者、大学院生から構成されている。2002年1月から実験が始まり、24時間体制でニュートリノの検出実験が続けられている

※4 K2K実験…KEKの加速器を用いてニュートリノを人工的に作って250km離れたスーパーカミオカンデに向けて発射し、観測する。1999年6月からニュートリノ照射が始まり、2004年11月まで続けられた

※5 BESS実験…超伝導マグネットを用いた観測装置(BESS)を気球で高空(成層圏)にあげて宇宙線を観測し、その中から反粒子を探索することにより、宇宙における物質・反物質の非対称性の直接的な検証などを行う

※6 佐藤勝彦… 日本の宇宙物理学者。CMB観測で検証しようとしているインフレーション宇宙論の提唱者の一人