【KEKのひと #5】「次々と生まれる宇宙の謎を究明するために」 佐伯学行(さえき・たかゆき)さん

【KEKのひと #5】「次々と生まれる宇宙の謎を究明するために」 佐伯学行(さえき・たかゆき)さん
KEK加速器研究施設の佐伯学行准教授
世界中の科学者が加速器を使って、宇宙は何でできているのか、どうやって始まったのか、という宇宙創成の謎に挑んでいます。しかし、実験が進むたびに新たな事実が確認され、次々と新たな謎が生まれています。
今回は、6月10日開催のKEK公開講座「高エネルギー加速器の最前線」の講師を務めるKEK加速器研究施設の佐伯学行准教授に、次々と生まれる宇宙の謎に迫る新しい計画「国際リニアコライダー(ILC)」※1に託す思いなどをインタビューしました。

―この分野に進まれたきっかけは

「子どものころから専門的な科学雑誌を読んで、ビッグバンなどを調べては想像をめぐらせていました。『その先はどうなっているの』という子どもが持つ宇宙に対する素朴な疑問は、偉い先生でも答えられない。これは自分で考えるしかないと思ったのです。大学では応用物理学科に入り、将来は研究者になると決めていました」

―研究で大変なところは

「1993年から95年までの博士課程の時、カナダで行われた宇宙線観測のための気球による観測器飛翔実験※2に参加しました。気球によって宇宙線測定器を高度30kmの上空まで上昇させて観測を行い、観測が終ったら測定器をパラシュートで落下させて地上に帰還させる実験です。車で行けないような野山や沼地を、自分たちの足で駆け回って測定器を回収しました。”実験物理屋”の仕事は体力勝負だということを実感した最初の実験でした」

―今はどのような研究を

「スイスにある欧州合同原子核研究機構(CERN)の加速器実験によって、2012年にヒッグス粒子※3という大変重要な新粒子が発見されました。しかし、CERNにある加速器では、そのヒッグス粒子の細かい性質を十分に調べることができません。そこで、ヒッグス粒子をはじめ、まだ十分に理解されていない粒子の性質を細かく調べることのできる次世代の加速器として、ILC計画が検討されています。現在、このILC計画を日本に誘致するための活動が行われています。私は、このILC加速器の研究を行っています」

―ILC加速器のどの部分ですか

「一般的に加速器は、ビームを何段にも加速してエネルギーを上げていきますが、同時に膨大な電力を消費します。ILCの加速器は、超伝導技術を使うことによって、消費電力を減らして効率よく電子ビームを加速します。加速器の中核となる「超伝導加速ユニット」は、液体ヘリウムで摂氏 -271℃まで冷却されるため、大きな魔法瓶ともいえる「クライオモジュール※4」に入れて断熱します。私の現在の専門分野は、このILC超伝導加速器の研究をすることです」

―ILCでは何がわかるのですか

「現在世界で最大の加速器はCERNにある大型ハドロン衝突型加速器(LHC)※5です。2012年にこのLHCでヒッグス粒子が発見されました。LHCは周長が27kmにも及ぶ円形加速器です。しかし、LHCのような円形加速器では、加速された粒子が曲がる時に、光を放って放電し、多くのエネルギーを失ってしまいます。この問題を解決できるのが、曲線部を失くして、より効率良く衝突させる線形加速器です。LHCの次へのステップとしてILCでヒッグス粒子をより詳しく研究すると同時に、新たな粒子の発見などがあれば、宇宙の起源の大きな謎の解明にさらに一歩近づけるはずです」

―ILCを実現するためには

「ILC計画を実現するには莫大な費用がかかります。国民のみなさんと政府のILCへの深い理解と後押しがなければ実現できません。ILC加速器は、建設準備に数年間、さらに建設のために10年間を要すると言われています。つまり、ILC計画が実現した時に、そこで研究しているのは、現在の小学生、中学生、高校生の世代だということです。ILC計画は、若い研究者を育て、日本の科学分野の発展の礎となると信じています。ILCが実現すれば画期的な成果がもたらされると思われますが、知れば知るほど新しい未知の研究領域が現れます。ILCの次の加速器もやがて必要になるでしょう。国民の皆さんが、このような長期的な視点に立って、科学技術や知識の発展を後押しすれば、ILC計画は必ず実現するでしょう」

(聞き手:広報室 牧野佐千子)

【用語解説】

※1国際リニアコライダー(ILC)計画・・・アジア、北米、欧州の3地域で協力して推進している次世代電子・陽電子衝突型加速器。ヒッグス粒子を調べてその詳細を解き明かしたり、謎の粒子「暗黒物質(ダークマター)」の正体を解明したりすることなどが期待されている。

※2宇宙線観測のための気球による観測器飛翔実験・・・宇宙線観測気球(BESS)実験。気球による打ち上げは、衛星に比べ、安価で、大きな測定器を使用でき、測定器を毎回回収し改良を加えられるなどメリットがある。地上の加速器実験で培われた技術を駆使することによって、多量の陽子やヘリウム核成分などのバックグラウンドの中から微量の反陽子成分を確実に検出することが可能となった。

※3ヒッグス粒子・・・質量はどのようなしくみで発生するのか等、多くの物理学者を悩ませてきた難しい問題に対するひとつの解決案として、1964年にエディンバラ大学のピーター・ウェア・ヒッグスが提唱した理論が「ヒッグス機構」。ヒッグス粒子は、ヒッグス機構において現れる粒子のこと。

※4クライオモジュール・・・電子・陽電子ビームを超伝導加速するためのシステムで、超伝導体であるニオブ製の空洞を、絶対零度(摂氏-273.15℃)に近い極低温まで冷やして超伝導状態にする。そこに高周波電力を入力し、ビームを光速近くまで加速する。超伝導状態では、電気抵抗がほぼゼロになるため、効率よく高周波電圧をかけ、加速できるのが特徴。

※5大型ハドロン衝突型加速器(LHC)・・・Large Hadron Collider。2008年にCERNに建設された世界最高エネルギーの陽子・陽子衝突型加速器。加速した陽子同士を高エネルギーで正面衝突させることにより、標準理論を越える新しい現象の発見を目指す。

関連ページ

STF https://www2.kek.jp/stf/
国際リニアコライダー(ILC)公式サイト https://www2.kek.jp/ilc/ja/
Linear Collider Collaboration(LCC)(英語) http://www.linearcollider.org/
ILC通信ウエブマガジン https://www2.kek.jp/ilc/ilc-tsushin/

関連する研究グループ

ILC物理と測定器 http://www-jlc.kek.jp/index-j.html
ATF http://atf.kek.jp/twiki/bin/view/Public/TopPageJ?redirectedfrom=Public.WebHome
CFF https://ilc.kek.jp/LCoffice/OfficeAdmin/CFF/