【KEKエッセイ #32】元素はいつどこで生まれたの?

宇宙線を観ることのできるスパークチェンバー
私たち物理学者が素粒子物理学や宇宙論・宇宙物理学の立場から「物質の起源」を探る時は、それまでの宇宙の歴史上、全く存在していなかった大昔に、いつどこでどのようにして物質は生まれたのかということまで徹底的に突き詰めます。高エネ研が描かれることでも話題となった、地球惑星物理学を専攻したミステリー作家の伊予原新さんの短編「エイリアンの食堂」では、水素やヘリウムが138億年前の宇宙の誕生の直後に作られたことが語られています。秋の夜長のミステリー話のひとつとして、物質の起源についてちょっとお耳を拝借させてください。(理論センター 郡和範)

宇宙は約138億年前に誕生しました。誕生直後は光や電子、ニュートリノ、クォーク、グルーオンなどの素粒子が衝突する光のかたまり、いわば火の玉でした。この火の玉が138億年かけて急激に膨張し、それとともに温度がどんどん下がって現在の絶対温度3度の極低温の宇宙となりました。これはビッグバン宇宙モデルと呼ばれます。

誕生直後、約100億分の1秒より前に、クォークの数と反クォークの数の間に非対称が生まれました。この時から、物質の量が反物質の量より、約10億分の1というわずかな量だけ多くなったのです。この非対称性により、その後、クォークと反クォークが対消滅しても、正味の物質の量が多く残る宇宙となりました。厳密な意味での物質の誕生とは、この時期を指します。

それから約1万分の1秒後、クォークと反クォークが対消滅し、残ったクォークとグルーオンから陽子と中性子が生まれました(図1)。陽子は水素の原子核です。

図1:陽子と中性子は3つのクォークが集まってできており、クォークにはアップクォークとダウンクォークがあります。グルーオンはそれらをつなく接着剤の役割を果たします。

さらに約3分から約5分後。火の玉の中で粒子同士が衝突して、重水素(図2)、トリチウム、ヘリウム4(図3)、リチウム7(図4)、ベリリウムなどの軽い原子核が作られました。つまり宇宙全体で核融合反応が起きたのです。

図2:陽子と中性子が衝突して重水素とγ線が作られる。
図3:重水素を原料としてトリチウム、ヘリウム4などが順番に作られる。同様に重水素と重水素からヘリウム3と中性子が作られる。ヘリウム3もヘリウム4の材料となる。
図4:大量に合成されたヘリウム4に、ごく稀にトリチウムが衝突して、ごく少量のリチウム7とγ線が作られる。同様にヘリウム4とヘリウム3が衝突してベリリウム7とγ線が作られる。

ヘリウムの中でも2つの陽子と2つの中性子からなるヘリウム4はとても安定で、宇宙の全元素中の約1/4(重量比)がヘリウム4です。粒子2つが衝突する過程だけでは、リチウムやベリリウムより重い元素はビッグバン直後にはできなかったのです。これを「ビッグバン元素合成」と呼びます。

宇宙初期に大量につくられたヘリウムですが、地上ではいま産業用の液体ヘリウムの価格が高騰しています。放射性物質の分裂時に出たアルファ粒子がヘリウム4となって地下に溜まっていたものが、アメリカや中国などで産出されたものです。初期宇宙につくられて、水素とともに宇宙の物質の大半を占める原始のヘリウム4が産業ではあまり重要視されていないことに、少し皮肉を感じませんか。

その後、宇宙誕生から約38万年後あたりで、陽子が電子を捕獲して中性の水素原子が生まれました(図5)。その直前に中性のヘリウム原子も生まれています。

図5:陽子に電子が捕獲され、中性の水素原子とγ線が作られる。すると自由な電子による光の散乱が抑えられ、宇宙はもはや火の玉ではない、透明な宇宙となる。

ここまでのことは観測的に約 ±0.2億年ほどの誤差はありますが、すべて約138億年前に起こった出来事です。その後、宇宙全体の物質の約83%を占めているにもかかわらず、その正体が全く分からないナゾの「ダークマター」(暗黒物質)による重力の下で原子が集められ、数10億~約100億年をかけて多くの銀河が形成されます。

それぞれの銀河には約数千億個もの恒星がつくられます。恒星の内部では、水素原子を燃やして、ヘリウムだけでなく、炭素、窒素、酸素、マグネシウム、シリコン、アルミニウム、リン、硫黄、カルシウム、鉄などが作られます。恒星の中の高密度下で3つのヘリウム4がほぼ同時に衝突することによって、炭素がはじめてつくられるのです。上記の酸素から鉄までの比較的重い元素は主に、太陽より重い星の中でつくられる傾向があります。宇宙初期につくられる水素、ヘリウムなどの軽い元素とは違って、生物の身体に欠かせないこれらの元素は主に、恒星の中でつくられるのです。

重い星はやがて水素を使い果たして膨張、赤色巨星へと進化して鉛などの重い元素をも合成します。リチウムイオン電池に用いられるリチウムは、ビッグバン元素合成起源が主な源ではなく、多くは高エネルギー宇宙線陽子などによる、恒星の表面での炭素、窒素、酸素の破砕や、軽い恒星の中で作られると考えられています。それらの恒星が最期の時を迎えると、比較的重い星は超新星爆発により中性子星を形成し、比較的軽い星は惑星状星雲を伴う白色矮星の形成などを通して、つくられた元素を周りにまきちらします。もっと重い星はブラックホールを作ったり、木端微塵に吹き飛んでしまったりするのではないかと推測されますが、まだよくわかっていません。

鉄より重い、金、銀、プラチナ、ウランなどは、超新星爆発時か中性子星同士の衝突時の元素合成により作られると考えられます。これらの元素は、最初の恒星系ではなく、太陽系のような2世代目以降の恒星系の惑星の中に取り込まれるのです。地球で見られる元素の多くは、先代の太陽が死んだときに撒き散らされた元素が取り込まれたものです。地球上のすべての生物、そして無機質な物質ですら、同じ起源の元素を共有する、いわば星の子、宇宙の子で、互いに兄弟の関係と言えるでしょう。人間同士のいがみあいなど、お互いが兄弟だと思えばどこかに吹き飛んでしまうのではないでしょうか。

この宇宙を支配する法則である物理学が、宇宙のどこでも正しいというごく自然な考え方に従うと、すべての銀河の多くの恒星系で同じような元素が存在する可能性が高いと考えられます。未だ見ぬエイリアンの身体を形作る元素もひょっとすると、私たち地球上の生物の身体を作る元素と少なからず同じ起源を持っているかもしれません。我々は宇宙の子同士として兄弟の関係なのかもしれませんね。

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