【KEKエッセイ #53】 イチノセキ、ラブリー シティー

一ノ関駅に設置されたILC誘致のディスプレイ。右上写真内、 左が勝部修さん(前一関市長)、右が筆者。
一ノ関駅に設置されたILC誘致のディスプレイ。右上写真内、左が勝部修さん(前一関市長)、右が筆者。
私は2010年春から約1年半、岩手県一関市の一関工業高等専門学校で教員として勤務しました。この間、東日本大震災も経験しましたが、抱えきれないほどの素晴らしい思い出が残りました。世界中の科学者が集まるILC(国際リニアコライダー)を北上山地の地下深くに建設する計画が提案されています。私の心のふるさとイチノセキは盛り上がっています。私がKEKに転職して、ILCを通じて再びイチノセキに関わることは思ってもいませんでした。ILC計画とイチノセキの魅力について、私のよもやま話に少しだけおつきあいください。(機械工学センター 山中将)

ILC(International Linear Collider)はヒッグス粒子の精密測定などの実験で宇宙誕生の謎を探求する全長20 kmの直線型衝突加速器です。現在、世界の研究者コミュニティーが日本での建設を提案し、ILC実現に向けてさまざまな取り組みを行っています。建設候補地は岩手・宮城両県にまたがる北上山地です。電子と陽電子が衝突するポイントは一関市に位置する計画です。一関市をはじめとして地元自治体が精力的にILC実現に向けて支援しています。

2021年10月に一関市長を退任された勝部修さんは岩手県職員時代から20年以上、ILC誘致に尽力しました。一関市役所にILC推進課を設置して、市民向けのILC理解増進活動にも注力しました。一関市役所・市民が一体となってILCを誘致する意気込みを何度となく伺い、とても心強く思いました。担当部署以外の方にもILCを知ってもらうために、多くの市役所職員の皆さんが近隣の自治体と合同で毎年のようにKEKつくばキャンパスを見学に訪れました。

2015年の夏、市職員など約50人がKEKに見学に来た時も私が案内をしました。そこでたくさんの質問がありました。ILCの技術的なことから始まって、いつ実現するのか、その経済的な効果は、外国人研究者は地元に住むのか、などです。中でも私の印象に残っているのは、農業政策を担当している方の質問で、「私は食の観点からILCに貢献したいと考えています。外国人が多く来るということで、パン屋や洋食のレストランを増やしてはどうでしょう」。私は「パンもいいですが、イチノセキには餅があるじゃないですか。外国人と餅を食べるのはいかがでしょう。餅を一緒についたら楽しいと思いますよ」。すると、彼は少し当惑した表情で「そんなことでいいのですか?」。私は「いいのです」「あの餅料理はイチノセキでしか味わえないすばらしい名物ですから、これが一押しです」と続けましたが、あまり納得できないという様子です。

せっかくKEKまでに来ても、これじゃあILCのファンになってもらえないと思った私は、さらに「餅以外にもビールがありますよね。そう、地ビール祭り。あれもすごくいいです。世界中からさまざまな人が集まって夏の暑い中みんなでビールを飲むのは最高です」と、思わず熱弁をふるいました。すると彼も「そうですね‥」と、少しだけ笑顔になってくれました。

一関地方には独自の餅食文化があります。江戸時代の神事に始まり、正月だけでなく、農作業や季節の節目、冠婚葬祭など、さまざまな場面でみんなで餅をついて食べます。食べ方はあんこ、ごま、きなこ、ずんだ、納豆などその種類は数百種にも及ぶといいます。家庭や地域によってもバリエーションがあります。多種の餅料理を小さなお椀に盛った「餅膳」は見た目も美しく、楽しく、とてもおいしいです。ILC研究所ができた暁には、地元の皆さんに教えていただき、海外からのお客を集めて餅つき大会をしたいと思います。

20年以上前から行われている「全国地ビールフェスティバルin一関」は毎年8月下旬に開かれ、全国から80以上のブルワリーが参加します。ビール好きな私は遠路つくばから参加します。それぞれのブルワリーが数種類のビールを提供するので、すべてのビールを制覇することなどとてもできません。全国各地のビールに加えて地元の食材を使った様々な料理も提供されます。これが実にうまい。ステージではライブ演奏や出し物が展開されています。一関以外からも多くの人が訪れます。ブルワリーの方や会場で出会った方と飲んで食べて笑って、とても楽しいイベントです。2021年は新型コロナウイルス感染症のために中止となりましたが、2022年には開催できるよう祈っています。ILCに関わっている海外の研究者には是非、ビールフェスティバルに合わせて来日していただきたいと思います。

2021年6月にはILC国際推進チーム(IDT)がILC準備研究所(プレラボ)提案書を公開しました。プレラボはILC建設に向け、技術開発をさらに進めます。準備期間は4年間を想定しています。これを受けて文部科学省のILCに関する有識者会議が7月29日に再開されました。これまで指摘されている課題についてのフォローアップと最新情報の整理が目的です。

Ichinoseki, Lovely City
私が愛する街に世界の研究者が集い、地元の人々と一緒に餅を食べ、ビールを飲み、そして誰も見たことのない最先端の実験が展開される日を楽しみにしています。

関連リンク

もちに始まり もちに終わる | 特集 | いち旅 | 一関市公式観光サイト【いちのせき観光NAVI】

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