【KEKエッセイ #52】 「月の満ち欠け」と宇宙の空間認識の難しさ

筑波実験棟と月(撮影:荒岡修)
筑波実験棟と月(撮影:荒岡修)
天文現象の説明は難しいものです。地球から見える太陽や月や星の動きの様子を天動説的に説明し、さらにそれらの動きを地球の外から眺めて地動説的に説明すれば事足りるというわけではありません。難しいのは、地動説的理解に基づいて日常的に観測される天動説的現象を説明することです。私は、長年かけて仲間と準備している中学生向けの「検定外教科書」の執筆を通じて、月の満ち欠けの理解の難しさを体験しました。その体験や、その後開発した、より深い理解に導く実験を紹介します。(物質構造科学研究所 兵頭俊夫)

私たちは20年以上前から、小中高大の教員とそのOBのグループで、小学校と中学校の理科の検定外教科書作りに取り組んでいます。何度も推敲を繰り返しているのでまだ完成していませんが、遠くないうちに出版できそうです。教科書といっても、学習指導要領の内容をカバーしつつ、分かりやすく書いた書籍という程度の意味です。検定外ですから学校の授業に使用されることはないでしょうが、個人的に読んだり、勉強会などいろいろな場面で利用したりしてもらいたいと思っています。

物理、化学、生物、地学の分野に分けて作業していますが、ここでは地学分野の天文学の話題を紹介します。中学生にとって宇宙の空間認識はとても難しいようです。人類にとって難しかった、あの「コペルニクス的転回」のことですから当然でしょう。単に「天体が動いているのではなく、地面の方が動いている」と信じ直すのではなく、「地面も、他の全ての天体もそれぞれ動いている」ときに起きる現象が、自転と公転をしている地球からどう見えるかを正しく理解することですから、難しい。

私たちの「教科書」ではまず、普段経験している天文現象について、見たままの記述から始めます。読者と経験を共有するのです。続いて、地球外に置かれた視点からの地動説による解釈を説明します。どこにでもある説明の流れと同じです。ちょっと工夫したのは、天動説的記述から地動説的記述への視点の切り替えを、必ず段落の冒頭で明記することでした。読んでいる文章(段落)がどちらの視点で書かれているのかはっきりしていないと混乱するからです。それ自体はそれほど難しくありません。難しいのは、元に戻って、地球からの見え方と関係づけるところです。それが、「空間認識の難しさ」の核心です。

典型的な天文現象の例に、月の満ち欠けがあります。月と太陽と地球の位置関係で決まるその現象の地球外の視点からの図は、私たちの「教科書」を含め、どの教科書でにも出ています。国立科学博物館では動画で示しています[1]。NHKのウェブサイトには、校庭に置いた照明を太陽に見立て、月に見立てた球をもった生徒が円周上を移動して、円の中心にいる生徒が月の満ち欠けを体験している動画もあります[2]。ネットには他にも同じような実験の動画がいくつかアップされています。しかしこれらの動画や写真を見ることも、地球の外から現象を見るという意味では、最初に述べた原理の説明図と変わりありません。

伝えたいことは、説明図の中央に描いてある地球から、あるいは実験の写真や動画で中央に立っている生徒からどう見えるかということです。動画[1]では左下に「地球から見た月」を示し、動画[2]でも、地球外の視点のカメラの像と、中央の生徒のカメラの像を並べて表示することで理解を図る工夫をしていますが、必ずしもわかりやすくはありません。私たちの「教科書」でも基本的に同じで、図や説明文に工夫を加えてはありますが限界があります。特に、上弦の月と下弦の月で明るい部分が左右反対になる理由をきちんと理解することが難しいようです。

これらの実験では、中心にいる生徒だけが月の満ち欠けを疑似体験できます。手軽にすべての生徒に同じ体験をさせられないだろうかと考え、ある時うまい方法を思いつきました。それは、実際の太陽を使えば人工の照明がいらないので手軽にできるはずだ、というものです。テニスボールなどを持って、手を太陽の方向に伸ばすと、影の部分しか見えず、新月の状態を確認できるはずです。次に、手を伸ばしたまま左回り(上から見て反時計回り)にゆっくり360°回ると、ボールは太陽が正面にあるときの新月から、上限の月、太陽を背にしたときの満月、下限の月を経て、また新月に戻ります。これなら誰でも1人で、晴れた日の昼間に学校でも自宅でもやれます。

私は晴れた日にベランダで実際に試してみるまで、これでよいと思っていました。しかし実際やってみると、球を太陽の方向に向けることはまぶしくてできません。目を傷つける恐れがあります。やるべきではないとすぐわかりました。そこで、まぶしくない角度から回り始めたところ、驚いたことに、目で見た明るい部分の形が月の満ち欠けと違います。一瞬アレっと思いました。大事なことを忘れていたのです。

現実の月の満ち欠けの形は、地球のまわりを回る月の公転面と太陽のまわりを回る地球の公転面がほぼ一致しているという事実のもとで生じています。太陽の方に手を伸ばしたときと同じ高さを保って水平に1回転するのは、この条件を満たしていません。太陽と自分の目を結ぶ線が地球の公転面内にあるはずですから、球を反対側にもってきて満月を確認するには、その線の延長上、つまり斜め下にもってこなければならないのです。正しい宇宙空間の認識は難しいと改めて思い知りました。

日の出直後や日没直前の太陽光がほぼ水平になっている時なら、水平に回してもほぼうまくいくはずです。しかし、目を痛めるという問題は残ります。むしろ、夜、自宅の明かりをすべて消して、離れた所の自分の目の高さに照明を置いて1回転する実験なら、比較的簡単にできそうです。発泡スチロールの小球に爪楊枝または料理用の竹串を刺して持つと、指に邪魔されずに球の明るい部分の形を確認できます。私たちの「教科書」にはこの家庭実験を紹介して、多くの生徒に地球から見る月の満ち欠けを疑似体験してもらうことにしました。

晴れた日に行う、別の興味深い実験も紹介しています。新月の前後2、3日を除けば目を痛める心配もありません。昼間、白い月が出ているのを見つけたら、小球を月の方に差し出すのです。月が出ていなければできませんが、出ていればいつでもできます。すると、球の明るい部分の形が、そばに見える月の形と全く同じになります。この印象深い現象は、地球と太陽の距離が地球と月の距離の400倍もあるので、月も地球も(そして地表にいる自分が持っている球も)同じ方向から太陽光を受けていることを考えると納得できます。(前述の室内実験で照明を遠くに置いたのはこの状況に近づけるためです。)このように月と手にもった球を比べると、おまけとして、月の視角(直径を見込む角で決まる見た目の大きさ)がいかに小さいかに気づくこともできます。

昼に出ている月と小球の明るい部分が同じ形をしている。

さらに蛇足を加えると、手に持った球と月の見かけの大きさを比べるだけなら夜の月でもできます。平均より約5%大きく見えるスーパームーンの夜にやれば、より印象的かも知れません。球を50円白銅硬貨に代えて中央の穴から覗くと、約45cm以上手を伸ばしてようやく月が穴に収まらなくなり、月の視角の小ささを確認できます。同じ日に比べると、月の出の月が高く昇った月よりかなり大きく見えるのは錯覚だという事実を突きつけられ、「錯覚の不思議」が心に残ります。

関連リンク

国立科学博物館-宇宙の質問箱-月編
Ⅰ. 月の形はどうして変わるのですか?
https://www.kahaku.go.jp/exhibitions/vm/resource/tenmon/space/moon/moon01.html

NHK for School 理科 小学6年 月の形が変わるしくみ
https://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005400136_00000

関連記事