【KEKのひと #51】技術革新で大逆転を狙う!原田健太郎(はらだ・けんたろう)さん

物質の表面や内部の構造を調べ、材料科学や環境科学、医学、生物学など様々な分野に応用される放射光施設。その光源の研究を行ってきたKEK加速器研究施設 准教授 原田健太郎さんは、1冊の本との出会いで加速器の研究に興味を持ち始めたといいます。加速器の光源設計のおもしろさとは?やりがいとは?

物理や科学に興味を持ち始めたきっかけは何ですか?

「高校生の時に『ご冗談でしょう、ファインマンさん』という本を読みました。リチャード・ファインマンは量子電磁力学の発展に大きく寄与したとして1965年にノーベル物理学賞を受賞したアメリカの物理学者です。彼の自伝本なのですが、これがまた、やることなすこと茶化しにかかるので、本当におもしろくて。この本を読んで、物理学そのものや加速器などの大型装置を使った研究っておもしろそうだなと思いました」

そこから研究の道に進もうと思われたのはいつ頃ですか?

「東京大学に進学し、学部で加速器に関連する授業は全部取りました。当時は東京・田無に原子核研究所があって、週に1回はそこで講義を受けながらサイクロトロンなどいろいろな加速器を見せてもらったりもしました」

「のちにKEKの理事になられた神谷幸秀先生が当時は東大にいらして、学部1年生の後期に加速器の授業を取ったら1対1で。それをきっかけに、大学院までずっと週1でゼミをしていただきました。そこで、物理的に対象を扱うときの数学的なテクニックから、物理学者としてのものの見方、どう課題に向き合うのか、生き方や人生哲学まで、すべて教わりました。私にとって神谷先生は、『今の自分を作ってくれた人』であり、自由自在に物理や数学を扱える、『物理学の神様』という感じです」

そこから、大学を出てKEKへ?

「博士論文の研究課題は、放射光源加速器の電磁石配列(ラティス)の設計でした。博士課程修了後、KEK物質構造科学研究所放射光源研究系の助教として採っていただきました。以来ずっと放射光の加速器の設計を研究しています」

放射光の加速器の研究のおもしろいところはどのようなところですか?

「自分自身が新しいサイエンスを作り出すというよりも、それを作り出すためのインフラを整えるような感じで、裏方なんですね。それが好きです。ありとあらゆる分野の沢山の研究者が放射光を使いに来てくれるので、光源加速器の研究はいろんな分野に少しずつ貢献できていると思います。加速器の性能を上げることで、何千人もの人が喜んでくれて、恩恵を受けることができる。そこがいいところであり、おもしろいところです」

医療現場で使われるRI(放射性同位元素)製造などの産業利用にも取り組まれていますね。

「RI製造の研究では、放射光とは全く別のcERL(compact Energy-Recovery Linac)という超伝導加速器を使っています。心筋梗塞や脳血管障害などの診断に用いる「テクネチウム99m」というRIの原料となる親核モリブデン99を、日本は現在100%海外からの輸入に頼っている状態ですが、過去に火山の噴火などで輸入ができず、供給が滞ったこともあります。加速器でのRI製造を商業的に立ち上げるには、課題がいろいろありますが、国内で安定的に供給するための手段としてコンスタントに研究に取り組んでゆく必要があると思っています」

cERLはほかにどんなことに応用できそうですか?

「アメリカのフェルミラボ(フェルミ国立加速器研究所)でやっているアスファルトの高寿命化などにも応用できそうです。アメリカでは、自動車に小型化した加速器を載せて道路に電子線を照射しながら走る計画ですが、日本では特に放射線安全、高圧ガス安全などの対策が特に難しそうなので、我々は工場でアスファルトに電子線を照射するなど、やり方を変えての応用を目指して基礎研究を行っています」

これからの目標を教えてください。

「加速器を使って何かの役に立ちたい。フォトンファクトリー(PF)はだいぶ老朽化してきているので、新しい放射光施設を作りたいというのが一番の夢です。ユーザーと一緒に、単なる性能向上だけではなく、2ビーム利用などの新しい手法の開拓も進めたい」

「加速器設計としては、小規模の加速器で最新の大規模加速器を越える性能が出せたら、一発逆転で最高に面白いと思います。それには劇的な技術革新が必要ですが、例えば今までにない新しいラティスを作れば、もっといい加速器ができるのかもしれない。そんな目標に向けて日々具体的な研究を進めています」

研究以外の趣味などはありますか?

「小学校の時のマーチングバンドから、トロンボーンを吹いています。中学の時は吹奏楽部と市民オーケストラで。就職して一時期中断したこともありましたが、今でも市民オーケストラに入っています。ずっと続けてこられたのは、弦楽器や木管楽器のような緻密に練習を積み重ねて曲を作るというよりも、どちらかといえば要所要所で曲を盛り上げる一発勝負屋のようなトロンボーンの役割が性に合っていたのだと思っています」

(聞き手:牧野佐千子)