世界的な物理学専門誌「Physical Review Letters(PRL)」の2025年第24週号(6月20日発行)に、KEKが関与したミュオンに関する2本の論文が同時に掲載され、いずれも編集部推薦論文(Editors’ Suggestion)に選ばれました。
PRLは物理学分野で最も権威ある学術誌の一つであり、基礎から応用、さらには学際的研究まで物理学の全分野を対象としており、世界中の研究者から注目されています。その中でも特に重要かつ先進的な研究が5本に1本の割合でEditors’ Suggestionに選出されます。今回のように同一研究機関からの論文が同じ号に掲載され、Editors’ Suggestionに選出されることはまれです。この成果は、素核研、物構研、加速器研究施設が連携して取り組んだことにより得られたものです。各研究所の専門性が結集され、先進的な成果につながりました。
ミュオンは、宇宙線や加速器によって得られる素粒子です。KEKでは、大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)において、大量のミュオンを生成し、素粒子の基本法則の解明や、試料に照射して物質の性質・組成の解析に活用しています。今回紹介された2本の論文も、J-PARC MLFでの実験によって得られた成果です。 1本目の論文では、負の電荷を持つミュオン(μ)がアルゴン(Ar)原子に取り込まれて生成される多価ミュオンイオン(μAr¹⁶⁺、μAr¹⁵⁺、μAr¹⁴⁺)において、電子が高いエネルギー準位から低い準位へ移動する際に放出されるX線の精密測定に成功しました。これは、超伝導転移端センサーマイクロカロリメータ(TES)という最先端のX線検出器を用いた、高精度なX線分光によって実現された成果です。これにより、原子内部での電子の振る舞いをより深く理解することが可能になりました。なおTESは、ハドロン実験においても高精度な測定を支える技術として優れた成果を上げており、その汎用性と信頼性の高さが改めて示されました。

優れたエネルギー分解能と高い検出効率を備える。
2本目の論文では、正の電荷を持つミュオンを室温程度のエネルギー(0.03eV)まで冷却し、100keVまで高周波加速することに世界で初めて成功しました。この技術は、これからのミュオン加速器の実現に向けた重要な一歩です。特に、J-PARC MLFで準備を進めているミュオンg-2/EDM実験においては、冷却・加速による高輝度ミュオンビームの生成が不可欠であり、本成果はその基盤技術となります。また、将来は、ミュオンを用いて物質内部を高精度に可視化する「ミュオン顕微鏡」の実現にもつながると期待されています。この論文は「Editors’ Suggestion」に選ばれたことに加えて、専門分野外の読者への解説記事「Viewpoint」にも紹介され、論文誌の表紙イメージにも取り上げられました。

写真はミュオンの冷却・加速装置。表紙に選ばれるのは80本中1本
日本発の研究が世界最先端の物理学を切り開いています。KEKのミュオン研究の今後に、ぜひご注目ください!
論文情報
Physical Review Letters, Volume 134, Issue 24(英語)
Few-Electron Highly Charged Muonic Ar Atoms Verified by Electronic 𝐾 X Rays
Acceleration of Positive Muons by a Radio-Frequency Cavity