
(左から牧村 俊助 先任技師、的場 史朗 専門技師、 砂川 光 准技師)
令和7年度科学技術分野の文部科学大臣表彰の受賞者が4月8日に発表され、KEK物質構造科学研究所の的場 史朗(まとば しろう)専門技師、KEK素粒子原子核研究所の牧村 俊助(まきむら しゅんすけ)先任技師、 KEK物質構造科学研究所の砂川 光(すながわ ひかる)准技師が、「世界最大強度パルスミュオン源の安全安定運用への貢献」の業績により研究支援賞を受賞しました。表彰式は4月15日に文部科学省にて行われました。
受賞理由となった研究内容
大強度陽子加速器施設 J-PARCの物質・生命科学実験施設では、世界最高強度のパルス陽子ビームを用いてミュオンを生成し、物質・生命科学や素粒子物理の最前線研究に活用しています。これを支える重要な技術の一つが、ミュオン標的の安定運用です。本研究チームは、陽子ビーム照射によって発生する熱や損傷を広範囲に分散させる回転標的方式において、これまでの課題であった軸受の短寿命問題を克服しました。高温・高放射線・真空環境下でも長寿命を維持するため、二硫化タングステンの焼結体を潤滑材とする新型軸受を採用した回転標的を開発し、J-PARCで5年以上にわたる安定運転を実現。さらにその成果はスイス ポールシェラー研究所(PSI)にも波及し、世界2大ミュオン施設の長期安定運用に大きく貢献しました。

こうした基盤技術の確立により、小惑星探査機はやぶさ2が小惑星リュウグウから持ち帰った試料の分析を通じて太陽系起源への新たな知見を得たミュオン元素分析や、文化財の非破壊検査、小判・刀・緒方洪庵の薬瓶の透視などへの応用、さらにはミュオン再加速実験の成功など、数多くの先端研究が実現しました。現在は、再加速ミュオンを用いた透過型顕微鏡の実現や、素粒子標準理論の限界に挑む新たな研究領域への展開が進められています。

受賞の感想

的場 史朗 専門技師
この度は文部科学大臣表彰研究支援賞を賜り、大変光栄に感じております。
本賞を受賞するにあたり、安全管理を担当してくださる皆様、1 MWのビームを安定的に供給してくださる加速器チームの皆様、ミュオン標的の後方で1 MWビームを受け止めて運用しておられる中性子源関係者の皆様,ミュオンビームを駆使して大きな成果を上げてきた皆様、そして事務の皆様をはじめとする関係者のご尽力に深く感謝申し上げます。
このミュオン標的の1 MW運転は、皆様の努力があってこそ成し遂げられた成果であると考えています。今後とも、大強度ミュオンビームを安定して供給するため、ミュオン標的の運用および保守を、安全かつ安定的に実施していきたいと考えております。

牧村 俊助 先任技師
この度は光栄な賞をいただきありがとうございます。現代の陽子加速器は大強度化に伴い、多くの最先端技術の組み合わせによって成り立っています。そのうちの、たった一つの小さな失敗が致命的なダメージになります。また、問題が起きてみないと潜在的なリスクに気付くことすらできないことも多くあります。現在の安定した運転は、これらの失敗を予見し、対策を積み重ねた上に成り立っています。これは、今回の受賞者の力だけではなく、日々、サポートしていただいている日本アドバンストテクノロジーを初めとした関係者のみなさまのご尽力のおかげです。ここに改めて感謝申し上げます。

砂川 光 准技師
この度はこのような名誉ある賞をいただき誠にありがとうございます。正直なところ、私が受賞者として受け取ってよいのかと大変恐縮しております。ミュオン標的は先達の叡智と技術の結晶であり、私は日々卓越した技術力を目の当たりにしております。今回の受賞はミュオン標的の設計・製造及び保守を含め、これまでの安定運転に関わる多くの関係者の努力の賜物と考えております。改めて皆様方のご尽力に感謝申し上げます。今後とも、皆様方のサポートのもとミュオン標的の安定運転を継続していき、ミュオンビームを用いた研究に貢献できるように邁進して参ります。
受賞対象論文
日本加速器学会誌 特集 加速器とハイパワー標的技術:牧村俊助、河村成肇、的場史朗「J-PARC MLF ミュオン生成標的」
J. Particle Accelerator Society of Japan, Vol. 18, NO. 4, 2021, p202-209
(日本加速器学会誌のこの号には、J-PARCで開発されているハイパワー標的技術の論文が他にも掲載されています)