日本好きが高じてロシアのシベリアからたった一人でKEKにやってきた若き物理学者、コンスタンティノワ・オリガさん。日本に来て1年もたたないうちに日本人男性と結婚して田中オリガさんに。KEKでの生活も8年となり、KEK夏の暑気払いでは涼しげな浴衣姿で日本の生活にすっかり溶け込んでいる。自らを「チャレンジャー」というオリガさんの夢は、KEKで素晴らしい研究成果を上げて世界的な物理学者になることだ。
-お生まれは?
わたしはシベリアのトムスクという町で生まれました。一人っ子でした。高校を学年トップで卒業したので、大学進学では好きな学部に進学できたのですが、あえて得意な外国語や語学の道には進まず、どちらかというとあまり得意でない物理学を選択しました。私には人生で簡単な道を選択したくない、という気持ちがあります。チャレンジャーなんです。トムスク国立大学では量子力学を学び、同大学院で素粒子物理学の理論家として博士号を取得しました。
-どうして日本に来ることになったのですか?
小学校に入ったころ、浮世絵とか芸者、着物など日本の文化を紹介するテレビ番組を見て、素敵だなあ、もっと知りたいなあと思いました。その後、大好きな日本のアニメなどを見て日本に対する憧れを育んできました。大学3年のころ、大学に週3回くらいの日本語の夜間講座があって、3年間通いました。ロシア人にとって日本語はとても難しいので、1年もするとおよそ9割の生徒がクラスから脱落してしまいます。私は日本語翻訳の修了書をもらうまで頑張りました。自分の性格を鍛えるため居合道も学びました。我慢すること、真剣に向き合うことなどよい経験になりました。
ずっと日本に行くことを夢見ていました。一番の理由は、締め切りを気にしないとか約束を守らないとかいういいかげんなロシアの国民性が私には合わなかったからです。決まりをきちんと守ることはたいへんだけど、ちゃんとやればきちんと結果が得られるというのはすごく安心です。例えばロシアでは、何かに応募しても、いつ結果が出るのか、どのような結果が出るのかさっぱり分からない。一方で、お金持ちとか、よいコネがある人たちは、簡単によい結果が得られる。だから、何のコネもない私は、日本に行けるあらゆる機会を夢中になって探しました。
-日本に行くことになったきっかけは?
私が日本に行きたがっていることをよく知っていた大学の学部長が、つくば市で2010年9月に開かれる国際会議「LINAC10」 (The 25th International Linac Conference)の発表者に私を推薦してくれました。23歳の時でした。夜間講座のおかげで日本語はけっこう話せたので、国際会議の会場ではあらゆる人に自分の名刺を渡して、「日本で研究するチャンスを与えてください」とお願いしました。
そうしたら、ある人から「JSPS(日本学術振興会)の科研費に応募したらいいよ」と言われ、帰国後、ほぼ毎月のように海外の学生を日本に招聘してくれる科研費に応募しました。科研費に毎月落選し続けて疲れ切っていた時のことです。PHDの論文を大学にやっと提出し終えて帰宅した夜でした。私のパソコンに、LINAC10で知り合ったKEKの教授からメールが届いていました。KEKが募集していた1年間の招聘研究員に合格したという通知でした。涙が止まりませんでした。それを見た母がびっくりして、「いったい何があったの」と聞き、私は「日本に行きます」と答えました。
-それはよかった。で、どうなりました?
2013年正月に私は日本に来ました。KEKでは、みんな日本語で話していて何が何だか分らなかったけれど、2,3か月でだいたいわかるようになりました。その後、滞在期間を延長することができ、招聘研究員からポスドク、博士研究員、特別助教、助教と階段を登ることができました。ずっとここで頑張ろうと思っています。
KEKに来た2013年の10月に職場の日本人男性にプロポーズされ、結婚しました。当時は仕事に集中していて結婚するつもりはなかったのですが、今や5歳と4歳の男の子と1歳半の女の子の母親です。彼とは性格とか人生の考え方がよく似ているので、結婚してよかったなと思っています。
-日本での生活はどうですか?
日本はとても暮らしやすい。まず、きれい。そしていろいろなサービスや食べ物などが簡単に手に入る。好きな食べ物は、昔はお寿司だったけど、いまはすき焼き。日本の牛肉はおいしいので大好き。それから、毎日がパソコン相手の仕事だから体調管理のためいろいろな運動をしています。15年くらいジョギングしている。昼休みの時間にメインリング1周くらい。つくばマラソンも走ったことがあります。ヨガもやっています。最近は自転車が好みで、自宅からKEKまでは毎日、自転車通勤です。
-最近、機構長とKEKのキャッチコピーの審査委員をしていただきました。感想は?
とても面白かった。世の中の人がこの研究所に対してどういうイメージを持っているか分かりました。とくに感動したのは、たくさんの応募作品の中から、多くの作品がどんどんふるい落とされ、最後に一つの最優秀作品に絞られてくるところが、とても素敵で、涙が出そうでした。まるで、みんなで何かの研究をしているみたいでした。最優秀賞の受賞者の受賞のメッセージがとても素晴らしく、この人は自分で加速器の研究をしたことがあるのかなとさえ思いました。
8年間日本に暮らし、KEKで研究をして思ったことは、暮らすにも研究するにもとてもよい環境だということです。小さな子どもが3人いるけど、いつも周りの人が助けてくれる。KEKは世界的な研究所だから、その国際協力のレベルをさらに向上させることに貢献することがきたらうれしい。論文を書いたり国際会議に出たりして、わたしの研究成果を世界に示すことができたらと思います。
(聞き手:引野肇、写真撮影:松井龍也)