「支えること」は素晴らしい! ―山本明名誉教授が瑞宝中綬章を受章―

Professor Emeritus Akira Yamamoto of KEK (Photo Credit: KEK)

KEKの山本明(やまもとあきら)名誉教授(73)が令和5年春の叙勲で、素粒子物理学における長年の功績が評価され、瑞宝中綬章を受章しました。

山本氏は、超伝導磁石・低温技術応用の黎明期からその発展に尽力し、トリスタン・トパーズ実験気球飛翔・宇宙線観測実験(BESS)欧州原子核研究機関(CERN)大型ハドロン衝突型加速器(LHC)アトラス実験などの超伝導磁石開発の中心的役割を果たしてきました。山本名誉教授が確立した技術は、現在の加速器実験に欠かせないものとなっています。これらの功績により、平成28年春には紫綬褒章を受章しています。
 

この記事では、山本氏のインタビューから、その功績と思いを紹介します。
 

加速器で粒子軌道を制御するためには「電場」と「磁場」の役割が不可欠となります。山本氏の研究キャリアは、「電場」を利用する研究から始まりました。

「KEKでのはじめの取り組みは、高電場を使って粒子を振り分ける技術の開発でした。加速器から二次的に生成されたさまざまな粒子を、高電場中を通過させて速度に応じて選別し、振り分けることができます。当時、KEK加速器・物理実験の焦点となっていたK中間子を他の粒子から選別・分離し純度を高めたビームとして提供することが極めて重要でした。この開発によって、まれに生成され、すぐに減衰してしまうK中間子を純度の高い良質なビームとして物理実験に提供することが実現できました。その研究成果が、博士論文となりました」

1977年からは、KEKにおける超伝導技術開発プロジェクトが始動したことを機に「磁場」を提供する超伝導磁石の研究に携わることになりました。

 
そして、山本氏は超伝導磁石の分野で、世界をリードする成果を挙げることになります。KEK超伝導低温工学センターの前には、その初期の取り組みの例として、山本氏が中心的役割を果たして開発した、トリスタン・トパーズ実験用超伝導磁石の実機が展示されています。
 

衝突型加速器実験では、衝突点を取り囲むように測定器が配置されます。超伝導磁石はその測定器の基本構成要素で、実験には欠かせないものです。トパーズ実験のために開発した超伝導磁石の特徴は、強力な磁場を提供し、かつ粒子の透過性を高めた「透明な磁場」の実現を追求しているという点。「透明」というのは、磁石を構成する物質量および厚さを極限まで減らすことで、余計な反応を最小限に抑え、測定器の粒子観測性能を高める、ということです。なにもないところにあたかも磁場だけが生み出されるような、そんな磁石が究極の目標なのです。山本氏の功績は、この目標へ向けた究極的な追求でした。

 
山本氏は超伝導磁石技術開発の分野に30年間以上携わりました。そして、日本からCERNへの大きな貢献となった、LHCビーム収束用超伝導磁石、そしてアトラス実験用超伝導磁石開発への貢献へと発展しました。

「研究を続けていくうちに『場』の提供を通して素粒子物理実験を支える役割に、とても誇りを持てるようになりました。そして『支えること』は素晴らしい、との思いになりました」

加速器実験での超伝導磁石技術の開発は、南極での科学観測気球に搭載した測定器で宇宙線を観測する実験(BESS)へと応用され、粒子観測装置の中心に超伝導・永久電流技術を駆使し、超軽量で物質的に「透明な磁石」を組み込むことで南極上空を周回する科学気球飛翔・観測実験を実現に導いたのです。

「この研究は僕の人生の中で一番の冒険でした。この実験で初めて科学観測実験グループのリーダーを務めました。若い優秀な研究者・学生さんとの協力で成し遂げることができました。そして、厳しい自然環境で実験を牽引する役割を通して『支えられる』ことの有り難さを実感するとともに『支えること』の素晴らしさを身をもって体験し、心から感謝しました」

2007年には、国際リニアコライダー(ILC)の国際共同設計チームのプロジェクトマネージャーに任命され、線型加速器で重要な「超伝導高周波加速空洞システム」の、国際協力による研究開発をリードしました。KEKのリニアコライダー計画推進室長も務めました。

「超伝導高周波加速空洞システムはこれまで取り組んでいた超伝導磁石とは大きく違ったものでしたが、やはり『場』を提供することでは共通でした。超伝導磁石開発への取り組みで、国際協力の積み重ねによる開発、研究機関、業界との協力の経験を活かすことができました。電場や磁場などの『場』づくりは、加速器が動き出したら当たり前となり、ほとんど忘れられてしまう宿命だと思います。いわば空気みたいなもの。でも、絶対になくてはならないものです。僕たちの仕事をみんなが忘れてくれたら大成功。そんな縁の下の力持ちとなる役割にとても誇りを持つことができます」

「現在は、ILC計画の実現、そして国際協力の発展を支える努力を続けさせていただいています。この取り組みが今回の受章での評価に含まれるのであれば、とても光栄です」

最後に、日本の科学の将来について思いを語ってくれました。

「これからの日本が世界をリードすべきことは、科学技術・教育・文化であると思います。その思いの源流となったのは、CERN設立の理念『Science for Peace』に深く感銘を受けたことです。CERN では世界各国から多くの研究者が集い、基礎科学発展のために思想、信条を超え、基礎科学の発展に貢献を続けています。そしてそこで生まれた先端技術の社会還元・貢献を発展させています。このような国際機関を日本に実現し、科学技術・教育・文化によって世界をリードしていくことがこれからの日本が目指すべき大切な目標であると信じます。
これまでお世話になった全ての皆様に深く感謝申し上げます。そして、次世代を担う方々がこの目標に向かってリードいただけるよう、支援を続けたいと願っています」