【KEKエッセイ #17】暗黒で冷たい幽霊物質「ダークマター」

   
10月31日は「ダークマターデー」ですが、みなさんご存知ですか。この広大な宇宙にある物質の大半が目に見えない幽霊のような物質、ダークマターなのです。そう実は、私たちの宇宙は幽霊だらけなのです。そこで、KEKのような世界の加速器実験の研究所がつくるコミュニティー、Interactions Collaborationが、みなさんにダークマターについて知ってもらおうと、世界的なお化けのお祭り「ハロウィーン」に便乗して、ダークマターデーというイベントを企画したのです。ということで、KEKからもダークマターのホットな話題を提供したいと思います。(理論センター 郡和範)

Interactions Collaborationは昨年のハロウィーンの日、動画配信サービスFacebook LIVEを使ってダークマターをテーマにしたイベントを世界各地で行い、それを生中継しました。 その時のKEKのイベントの様子はこちらでご覧いただけます(Dark Matter Day 2018 のFacebook LIVEイベント)。 左の方で帽子をかぶっているのが私です。

ダークマターは光を発したり、光と散乱することがほとんどないため、目で見ることはできません。 また、何でも通り抜けてしまいます(図1)。 このため日本語で暗黒物質とも呼ばれます。図2に示したとおり、ダークマターは宇宙の全エネルギーの約25%を占めています。 通常の物質が約5%ですから、見える物質の約5倍がダークマターということです。 つまり、見える物質は少数派なのです。残り約70%弱は何かというと、ダークエネルギーと呼ばれる、物質ですらない未知のエネルギー状態です。

図1 衝突する2つの銀河団。青:透過して飛び去るダークマター(重力レンズを用いた分布の場所の再構成)、赤:衝突してX線を出す通常の物質(X線観測)
X-RAY: NASA/CXC/CFA/M.MARKEVITCH ET AL.;
LENSING MAP: NASA/STSCI; ESO WFI; MAGELLAN/U.ARIZONA/D.CLOWE ET AL.;
OPTICAL: NASA/STSCI; MAGELLAN/U.ARIZONA/D.CLOWE ET AL.
図2 宇宙のエネルギー

ダークエネルギーの話はいずれまた別の機会に譲ることとして、ダークマターは間違いなく宇宙で重要な役割を果たしています。銀河の中にあるすべての恒星を、強い重力で銀河の中につなぎとめる役割を果たしています。銀河が作られるずっと前の宇宙初期、見える物質は光との散乱に阻害されて、簡単には集まれません。その一方、ダークマターは光との散乱に阻害されることなく自分たちだけの重力で集まることができるのです。そのダークマターの強い重力場に、通常の物質がようやく引き寄せられて固まり、現在の銀河が形成されたのです。つまり、ダークマターがなければ、銀河は生まれないし、その中の恒星も、そして私たちも生まれないのです。このため、ダークマターを”宇宙の母”という人もいます。

ダークマターの正体は分かっていません。これまでニュートリノや、とても暗い星などがダークマターの候補に上りましたが、観測や実験などで完全に否定されています。一方、新しい候補も数多く提案されています。中でも私のお勧めを3つだけ挙げると ①ニュートラリーノ ②アクシオン ③原始ブラックホールです。

ニュートラリーノは光の相棒のような未発見の素粒子です。力の大統一理論に関係すると期待される超対称性理論により、その存在が予言されています。アクシオンは光のいとこのような、これまた未発見の素粒子です。量子色力学における未解決問題「強いCP問題」を解く鍵を握るとされ注目されています。原始ブラックホールは宇宙初期の密度ゆらぎがつぶれてつくられたブラックホールです。

ダークマターは光と散乱することがほとんどないため、目に見えないとか、何でも通り抜けるなどと表現されます。もちろん、部分的には正しいのですが、正確に言うと若干、大げさな表現なのかもしれません。

ニュートラリーノがダークマターであるとの説を検証するために、様々な方法が提案されています。ニュートラリーノはごく稀に物質と衝突します。そこで地下に大量のキセノンなど重い元素を置いておくと、ニュートラリーノがキセノン原子にごく稀に衝突して、キセノン原子が跳ね返される可能性があります。また、加速器の中の反応で素粒子どうしが衝突した時もニュートラリーノが作られたり、他の素粒子をつくるプロセスに影響を与える可能性があります。そのほかにも、銀河の中ではダークマターが密集しているため、ごく稀にダークマター同士で衝突して消滅し、高エネルギーの宇宙線やガンマ線、ニュートリノなどが生成されます。そのシグナルを捉えるという検証方法もあります。

一方、アクシオンは磁場と衝突すると光に変わることがあります。また逆に、光が磁場と衝突するとアクシオンが生成されたりします。そうした磁場中の光を詳細に観測すれば、検証可能だと考えられています。

原始ブラックホールのダークマター説に関して、太陽質量よりずっと小さいミニブラックホールが現在の宇宙にたくさん存在する可能性があります。実は、ホーキング博士が予言したように、一部はすでに蒸発してなくなったとも考えられます。しかし、太陽質量の100京分の1より重い原始ブラックホールなら、蒸発せずに現在までダークマターとして残る可能性があります。そして観測的には、その強い重力場による重力レンズ効果により、後ろにいる恒星の像をゆがめる効果を調べる方法があります。また、原始ブラックホール同士の衝突で生成される重力波を観測することで検証できる可能性があります。

今年の10月8日、ノーベル物理学賞が宇宙論の枠組みを物理学の理論を用いて構築したJames Peebles博士に贈られると発表されました。博士の業績の中には、ΛCDM(ラムダシーディーエム)モデルの提唱が含まれています。ラムダとは、宇宙定数とか上述のダークエネルギーのことを表し、CDMとは冷たい暗黒物質(コールドダークマター)の略です。冷たいとはダークマターのエネルギーが低いという意味で、高すぎると飛び回ってしまい銀河の大きさを飛び出してしまうため、銀河をつなぎとめる重力のみなもとになれないのです。上記の3つのダークマター候補は、もちろん皆冷たいダークマターです。博士はCDMとΛを適当な量用意しさえすれば、それらが及ぼす重力により、銀河や銀河による大規模構造が自然と作られるという理論的な枠組みを与えたのです。現在、ΛCDMモデルは標準的な宇宙モデルとして知られています。

以上、ダークマターの現状についてお話しました。しかし、暗黒である上に冷たいなんて、”宇宙の母”の印象って、みなさんの母親と比べていかがですか? なお、ダークエネルギーにも興味を持たれた方は、8年前に私たちが書いたダークエネルギーの簡単な解説が下記(「加速膨張する宇宙」2011年ノーベル物理学賞の意義)にあるので、お読みになっていただければ幸いです。

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