2022年 年頭のご挨拶

皆さん、新年あけましておめでとうございます。新しい年2022年、令和4年が皆さんやご家族、そしてKEKにとって明るく実りの多い年になるよう、心から願っています。

昨年2021年はKEK創立50周年の年でありまして、11月には記念式典と記念シンポジウムを開催しました。参加してくださった方々への感謝とともに、KEKに寄せられた期待の大きさにあらためて身の引き締まる思いがします。KEKは半世紀前の創立以来、加速器を使った素粒子物理学から物質構造科学まで幅広い科学の発展を大学の研究者とともに担ってきましたが、その歴史を貫いてきた理念は大学共同利用という考え方です。私は、式典やシンポジウムでいただいた祝辞や講演などをお聞きして、大学共同利用研という仕組みが、真に学術研究にとって有用なものであり、研究成果を生み出すことに有効に機能するものであったということを再度確信いたしました。半世紀前に大学共同利用の理念を打ち立てた大先輩の皆さんの慧眼にあらためて敬意を表するとともに、どのようにして先人から受け継いだ財産を超えた新しい価値を生み出していけるのか、皆さんと一緒に考えながら前進し続けることが私たちの責務だと考えています。

私の機構長としての任期もあと2年あまりになりましたので、最近は、この2年間で何をして次の人にバトンタッチをすべきなのかを考えることが多くなりました。そのうちの一つを説明してみたいと思います。それは、素粒子物理分野と放射光分野の将来計画の見通しをつけることです。素粒子の研究のために歴史上、世界中に多くの加速器が建設されまして素粒子の標準模型と呼んでいる優れた理論を持つに至っています。人類の知見がここまで来たということは、人類がその歴史の中で達成したことの中でも誇るべきものであると思っています。しかし、宇宙にはこの理論では解決できない大きな謎がいくつも残されており、それらの解明のためには、標準模型を含むようなより大きな物理法則を理解する必要があります。この大きな物理法則がどういうものなのか、今のところ実験的な手掛かりはまだありません。現在KEKやほかの研究所で行われている研究はどれもこの新しい物理の一端を見つけることを目指す重要な研究ですが、全体像をはっきりさせるためには次世代の大きな加速器が必要であるというのが多くの物理学者の考え方です。次の物理法則を、今われわれが標準模型を理解するのと同じ程度によく理解することができれば宇宙の謎の多くは解明されるでしょう。ILCは電子と陽電子を直線型加速器で高エネルギーに加速して、衝突させる装置で、この計画もこういった次の法則を目指すものです。これ以外にもCERNの巨大円形加速器FCCなどいくつかの候補がありますが、いずれも巨額の建設費が必要で、実現には世界的に研究者が力を合わせ、各国政府の協力をいただく必要があります。もしこれができなくて高エネルギー加速器の進化が止まるようなことになれば人類の素粒子の組織的理解は何百年たってもそこから進むことはないでしょう。簡単なことではありませんが、人類の知識を標準模型どまりにしないためには困難を乗り越えていく必要があります。KEKは素粒子研究の世界的拠点の一つとしてこの世界的協力の中心の役割を果たしていかなければなりません。

素粒子のような基礎研究だけでなく加速器を使って物質や生命の科学の研究を進めることもKEKが担う重要な役割です。このためにPFとPF-ARという2つの放射光源があり、大学や企業の多くの研究者による共同利用が大変活発に行われていますが、両者とも建設以来40年近くが経過し、老朽化が進んでいるだけでなく、競争力にも陰りが見えてきたことは否めません。放射光による物性や生物の研究では、素粒子研究と違って加速器の性能の先端性が命であるということは必ずしもないようで、安定した光があれば研究者のアイデア次第で先端的な研究が可能であるという面があります。このためにどうしても新しい光源加速器が必要であるという意見は素粒子ほど強くなく、結果的に何度かの高度化を行っただけでPFとPF-ARによる共同利用研究が続けられてきました。この間、光源の老朽化にもかかわらず多くの優れた成果を上げてきたことはもちろん素晴らしいことですが、世界最先端の加速器技術を有するKEKとしてはこれに甘んじるのではなく、斬新なアイデアに基づく新しい放射光源を作って新しい放射光科学を切り開くという野心を持ち続けるべきと考えています。放射光実験施設の皆さんに伺うと、あと6年くらいかけてじっくり検討するのがよいとのことで、私の任期のうちに計画立案に至ることはできそうもありませんが、少しでも前に進めることは是非したいと考えています。

以上、私が残された任期の間にやらなければならないことを一つだけお話ししてみましたが、これ以外にも連合体を軌道に乗せること、運営費交付金の減少への対策、カーボンニュートラル戦略の策定、KEK‐PIPと呼んでいる研究実施計画を軌道に乗せることなど、様々な課題があると考えています。これらはいずれも、50年前に大先輩の皆さんが大学共同利用の理想を掲げて創立したKEKが次の時代においても大学の研究者と一緒に高い成果を目指していけるような研究機関であるために必要なことであると信じて取り組んでいきたいと思います。また、これらはどれをとっても職員の皆さんの協力なしには成り立ちませんので、ぜひ趣旨をよく理解したうえで力を貸していただけるようお願いいたします。

KEKがこれから歩んでいく道は決して平たんではなく、一本道でもありませんが、最も基本的なところで自然や物質の姿を明らかにしようとする基礎科学研究は人類の営みの中でも最も崇高なものであると信じています。KEKの職員の皆さんは例外なく全員がこの崇高な営みを進める、あるいはそれを直接支援する役割を担っています。どうか皆さん、それを誇りに感じていただいて、新しい年2022年が実りの多い年になるように共に歩んでいただけるようお願いしたいと思います。私も理事の皆さんと共にそれを支えるべく最大限の努力を行って参ります。最後に、皆さんとご家族の健康を心からお祈りして、今年の年頭あいさつとします。

令和4年1月6日

高エネルギー加速器研究機構長

山内正則