2021年度の始めにあたって

今年はKEK創立50周年という特別な年であることに加えて、第4期中期目標期間の開始を一年後に控えて様々な改革を進める年であることや連合体と呼んでいる新たな仕組みが立ち上がる年であることなど、KEKにとって重要な意味を持つ年です。この節目にあたって、KEKをめぐる情勢や私の考えをお話しして、皆さんにも考えを巡らせるきっかけにしていただきたいと思います。また、今年度は私の機構長としての最後の任期に入る年でもありますので、締めくくりの最終章をどのようにKEKにとってバラ色なものにするかという点にも触れたいと思います。

まず創立50周年についてですが、KEKは東京大学の付置研究所であった原子核研究所を母体として1971年に大学共同利用研究所の第一号として誕生しました。その役割は大学の研究者に研究の場を提供し、共に学術的成果をあげていくことで、以来半世紀にわたって大学の研究者とともに加速器を使った素粒子物理学から物質構造科学まで幅広い科学の発展を担ってきました。その後他にも大学共同利用研究所が誕生し、共同利用のあり方も変化しましたが、KEKは粒子加速器の性能向上を図り、それによって大学の研究者と共に新しい科学を生み出すという道を一貫して歩み続けてきました。半世紀にわたって大学共同利用研としての役割を果たし続けることができたのは、このような仕組みが、真に学術研究にとって有用なものであり、研究成果を生み出すことに有効に機能するものであったからに他なりません。今年は50周年を祝うさまざまな行事が予定されています。ぜひ皆さんには積極的に参加して、長い歴史に学び、この次の半世紀に思いを致す契機にしていただきたいと思っています。

KEKの歴史の中では社会や経済の情勢が様々に変化し、それに伴って研究機関に対する社会の要請も変化してきましたが、最近の動向に限っても大きな変化がいくつもあります。その中で重要なもの2点に触れたいと思います。第一には、カーボンニュートラルに向けた動きです。気候変動の軽減、持続的なエネルギー確保を目的とする世界的な意識の高まりのなかで日本政府は2050年までに炭酸ガスの実質排出量ゼロを目指すと宣言しました。これは社会全般に大きなインパクトを与えるもので、自然エネルギーによる発電を大幅に増やし、高効率な蓄電などの開発や社会へ実装することなどが必要になりますが、これらに加えて省エネ、低炭素化の一層の促進が求められます。KEKの研究の基盤となる加速器は大きな電力を消費し、炭酸ガス排出量も大変多いのが実情です。加速器による研究が社会の支持を得続けるためには、加速器の省エネ、自然エネルギー利用、などの努力に加えて、加速器を使って持続可能な社会作りへ貢献する知恵などについて一層の努力と社会へのアピールが必要です。このために機構を挙げての取り組みが必要と考えています。

第2点目として、Society5.0への貢献について考えてみます。これはSociety3.0が工業生産を中心とした社会構造、4.0が情報通信技術を中心に回っている社会として、5.0はAIや高度なICT技術によってサイバー空間と実空間を一体化することで新たな価値を見出すという新たな社会を目指しているとのことです。これだけではよく分かりませんが、車の自動運転、自分で考えるロボット、生産の自動化などをはじめとして人間の仕事を機械が肩代わりすることが増えると言われれば確かに社会を変える大きな流れになると思います。大学や研究機関はこの実現を目指して相応しい役割を担うことが求められていますが、KEKは何をすればよいのでしょうか。KEKで行われている多くの研究は短期的に経済効果を期待するようなものではなく、普遍的な自然法則や物質の成り立ちを明らかにする基礎研究によって人類の潜在的な能力を高めることにこそ、その意義があると考えます。したがってソサエティー5.0に直接つながる研究や人材育成はおそらくKEKの視野の外と言わざるを得ませんが、今、基礎研究によって得られた知識や知恵は未来の人類の生活を豊かにするために必ずや貢献するでしょう。その意味ではKEKの研究はSociety6.0や7.0に貢献するものと言えると思っています。現代の技術的発展の多くが100年前に誕生した量子力学に基礎をおいて工夫を積み重ねた結果であることを思い起こすべきでしょう。

KEKにとって最も重要なのは先端性の高い加速器を開発、運用できる加速器の専門家集団であり、これを科学的成果に繋げる仕組みと共にKEKの骨格をなしています。KEKが運用する加速器はいずれも非常に高いポテンシャルをもつもので、今後も多彩な科学的成果が期待できます。予算の面では厳しい状況であることは変わりませんが、3年ほど前までと比べるとかなり改善が見られますし、今後に向けても明かりが見えてきたのではないかと思っています。これはKEKの研究に対する社会の理解が進んだことや文部科学省の担当課やKEK関係者の努力の賜物です。大型加速器を主な研究手段とするKEKにとっては十分な運転経費を得ることは本質的に重要なことですので、今後も運転経費獲得戦略を立てて力を入れて取り組んでいきたいと思っています。昨年度末にはKEKのこの先6年間の研究計画を展望したKEKロードマップが完成しており、今年度末までにはその具体化を図るためのKEK研究実施計画(KEK-PIP)が完成する予定です。これらに基づいてさらに大きな成果に向けて皆さんと歩んでいきたいと思っています。また、成果を追求すると同時に、次の半世紀に向けてKEKはどのような進路をとるべきか、皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

令和3年4月9日
高エネルギー加速器研究機構長
山内正則