【KEKエッセイ #20】「銀河鉄道の夜」と私

   

岩手県が生んだ、詩人で童話作家の宮沢賢治が「すべての人の本当の幸い」を求めていたことはよく知られています。私は子どものころ「銀河鉄道の夜」を読み、星の世界に憧れました。そして後年、宮沢賢治が基礎科学の探求がすべての人の本当の幸いにつながると言っていたことを知りました。私を研究者の道へと背中を押してくれたのは、子どものころに読んだ銀河鉄道の夜だったのです。(素粒子原子核研究所 藤本順平)

銀河鉄道の夜を初めて読んだとき、美しい物語だけど、どこか妙な話と感じました。大人になって何冊か読み返して、実は、銀河鉄道の夜にはいくつかのバージョンがあることに気づきました。物語の初めの方と終わりの方に、削除されたり、書き加えられたりしているバージョンがあるのです。そうするうちに、岩波文庫に収録されているバージョンには「すべての人の本当の幸い」に到る具体的な方法が書かれていることに気がつきました。その具体的な方法とは、基礎科学を研究することだったのです。

ここで少し、銀河鉄道の夜のストーリーをおさらいしておきましょう。

星祭りの夜、クラスの友達はみな楽しそうですが、少しシャイな主人公のジョバンニはいつものように友達の輪に入っていけません。ひとりで丘に登って、寝転がっていると、空の星座をめぐる「星めぐりの列車」が現れ、それに乗り込みます。

列車に乗り込むと、常々親しくしたいと思っていた同じクラスのカムパネルラがいて、一緒に星座めぐりをすることになります。列車の中でジョバンニとカンパネルラはさまざまな人たちと出会い、いろいろな体験をします。

ジョバンニは「僕たち頑張ってやっていこうね、みんなの本当の幸せを探そうね」とカムパネルラに言います。カムパネルラが「そうだね」と返した瞬間、列車の中から消えてしまいます。

私が知っていた銀河鉄道の夜は、ここでジョバンニが丘の上の現実の世界に戻ってくるのですが、岩波文庫版では列車での話がもう少し続きます。

カムパネルラが座っていた座席にはセロ(チェロ)のような優しい声で話すおじさんが座ります。ジョバンニは何をしたらいいのか分かりません。その時、おじさんは言います「もしおまえがほんとうに勉強して実験でちゃんとほんとうの考えと、うその考えとを分けてしまえば、その実験の方法さえきまれば、もう信仰も化学と同じようになる」。つまり、「実験でちゃんとほんとうの考えと、うその考えを分けること。それがあらゆる人の一番の幸せにつながる具体的な方法となる」というのです。

私の仕事は、素粒子の仕組みを説明した「理論」に基づいて計算を行い、その答えが加速器の実験で得られた素粒子反応の数値データと一致するかどうかを検証することです。一致すればその理論は自然を表す「ほんとうの考え」になります。その理論が「ほんとうの考え」ならば、その理論を使ってさらに自然に働きかけることができます。「ほんとうの考え」が分かればそれは人類が生きていくのにとても有用です。こうしてわかった「ほんとうの考え」はゆるがないので、「考え」が元で争いが起きることもありません。

私の元々の研究の動機は「宇宙はどんな仕組みになっているのか」です。でもそうした好奇心で「ほんとうの考え」がわかれば、それがあらゆる人の一番の幸せに通じます。これは素晴らしい見方です。6年ほど前にILC実験の講演をするために岩手県を訪れた時、花巻市で宮沢賢治に詳しい人にお会いすることができました。セロのような声のおじさんのことを聞きました。すると彼は「賢治は、童話作家、詩人などと言われていますが、私は科学者だったのだと思う。だからそんな記述があるのだろう」と話してくれました。それを聞いて、私も加速器実験に携わることで人の役に立てるんだと確信して、とてもうれしくなりました。

物理学には実験が極めて重要です。実験をする前は自分が立てた仮定が「ほんとうの考え」なのか「うその考え」なのか分かりません。「ほんとうはどうなっていますか」と謙虚に自然に問うだけです。KEKのやっているさまざまな加速器を使った実験は、きっとそういうことなのだろうと思います。

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